死刑に関わる人たち 社会部次長 相本 康一

西日本新聞

 「鏡を磨いて、磨いて、磨ききるという気持ちで(執行を)判断しました」

 オウム真理教の松本智津夫元代表ら7人の死刑が執行された7月6日、上川陽子法相が記者会見で発した言葉だ。その20日後にも教団幹部6人の刑を執行しており、上川氏は短期間に計13人という大量執行を命じたことになる。

 懲役刑と違い、死刑は法相の署名によって初めて執行の手続きが始まる。死刑囚がどれほど残虐非道な犯行を重ねていて、被害者遺族の処罰感情が著しく強くても、執行命令は人の命を奪う究極の公権力行使である。命令者の心理的負担は想像を絶する。

 法相時代に、ベルトコンベヤーに例えて自動的、定期的執行を考えるべきだと唱え、1年間に13人の執行を命じ「死に神」と批判された故鳩山邦夫氏に話を聞いたことがある。東京・埼玉の幼女4人連続誘拐殺人事件では執行検討を自ら指示したそうだが、いずれの時も署名前は「斎戒沐浴(さいかいもくよく)の代わり、心を鬼にするため」必ず祖父の墓に参り、執行後は毎朝、自宅の不動明王像に手を合わせたという。

 民主党政権の初代法相を務めた千葉景子氏は、死刑廃止論者という立場と職責との間で悩んだ。結局、2人の執行を命じたが、法相として初めて執行の一部始終に立ち会った。いわく「最終責任者として最後まで指揮するのが当たり前だと思ったのです。責めは全て私が背負おうと」。

 命令を受け、実際に死刑囚の首にロープを掛ける刑務官たちの負担はさらに大きい。その経験がある元刑務官に取材したことがあるが、彼は「死刑とは神聖なもの」と言ったきり、口をつぐんだ。不透明と批判されつつ、多数の死刑囚の中から執行順を決めて法相に具申する法務官僚もしかり。死刑に関わる人たちの誰もが、言葉にならない思いを抱えているはずだ。

 松本元代表ら7人の執行前夜、西日本で記録的豪雨の予報が出される中で開かれた「赤坂自民亭」と称する酒席には、その2日前に執行命令書に署名していた上川氏も参加していた。

 宴会は、安倍晋三首相の自民党総裁選への出馬に向けた支持固めの意味もあったとされる。心中に「鏡を磨きに磨いた」という懊悩(おうのう)を秘めつつ、それはそれとして笑顔で宴席の集合写真に納まったのだろうから、それも政治家の度量と受け止めるべきなのか。

 執行当日、選挙特番のように死刑囚の顔写真に次々とシールを貼ったテレビ番組もあった。死刑という極刑は、時に人のグロテスクな一面もむき出しにする。

=2018/08/03付 西日本新聞朝刊=

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