中国、後絶たぬ児童誘拐 “人身売買”目的 不明年間20万人 看板掲げ16年捜索の夫婦も

 中国で人身売買を目的とした子どもの誘拐事件が後を絶たない。中国メディアによると、誘拐などで行方不明になる子どもは年間約20万人に上るとの指摘もある。無事に親元へ戻る子どもは一部とみられ、十数年にわたってわが子を捜し続ける親も少なくない。
 (深セン・川原田健雄)

看板に「子どもを捜す店」の文字と顔写真

 広東省深セン市の中心部から車で約20分。小学校近くの小さな商店が軒を連ねる一角に、その雑貨店はあった。緑の看板に「〓(〓は上が「ヨ」下が「寸」)子店(子どもを捜す店)」の文字。印刷された幼い男児の写真がひときわ目を引く。

 男児は店主、閻智勇さん(45)の長男、乙人君。16年前に4歳で行方不明になった。閻さんは「子どもを捜す店」を営みながら、息子に関する情報の提供を呼び掛けている。

 行方が分からなくなったのは2002年1月22日。幼稚園から帰宅した乙人君は友だちとアイスを食べた後、閻さんが当時営んでいた印刷店の近くで砂遊びをしていた。午後6時半ごろ、閻さんの妻馮梅さん(46)が「帰っておいで。一緒にシャワーを浴びよう」と声を掛けたが、遊び足りなかったのか戻って来なかった。乙人君の姿を見たのは、それが最後となった。

 閻さん夫妻は午後8時ごろ、警察に届け出たが、すぐには受理されず、家族だけで夜通し捜し回った。翌朝、「40歳ぐらいの男が子どもを連れて行くのを見た。子どもは『お母さん』と叫んでいた」という目撃情報が寄せられ、夫妻は誘拐事件と確信したという。

 数日後に情報提供を呼び掛ける新聞広告を掲載。「広州市の体育館に老人と一緒にいた」「特徴の似た子が物乞いをさせられていた」といった情報が複数寄せられたが、いずれも発見にはつながらなかった。

 08年には「お宅の子どもを6年間育ててきた」と言う男性から電話がかかってきた。夫妻は男性が住む河北省石家荘市に向かい、ホテルから再度電話すると「1万元(約17万円)を銀行口座に振り込んでほしい」と求めてきた。「本当に会えるなら10万元だって惜しくない。声だけでも聞かせて」。何度訴えても相手は「入金が先」と繰り返すばかり。「息子と会える可能性があるなら、だまされてもいい」。閻さんは銀行で手続きをしたが、事情を聴いた窓口の銀行員に「絶対詐欺だ」と説得され、思いとどまったという。

「店があれば、いつか戻ってくる」

 最も期待が高まったのは03年9月。深セン市の子ども十数人を連れ去った容疑で男が逮捕された。男はかつて閻さんと同じビルに住んでいた顔見知りだった。しかし、警察の調べに対し、男は乙人君を誘拐したかどうかは分からないと答えたという。

 男は小学生の自分の息子を使って幼い子を誘い出し、広東省や山東省の農家などに売り渡していた。「誘拐後2、3日で売り飛ばすから、子どもの顔は覚えていなかったようだ」と閻さん。男の供述から、農家などに売られた子ども十数人が保護されたが、その中に乙人君の姿はなかった。

 警察当局は09年、誘拐容疑者の一斉摘発キャンペーンを展開。誘拐された子どもが成長して容姿が変わっても、DNAで特定できる仕組みも整えた。この年、中国国内で1万8千人超の子どもが救出されたが、閻さん夫妻とDNAが合致する子どもはいなかった。

 「なぜ、うちの子だけ見つからないのか」。心が折れそうになった時、思い付いたのが「子どもを捜す店」だった。「行方不明になったのは4歳の時だから住んでいた場所は覚えていると思う。店を開いていればいつか戻ってくるはず」

 09年、印刷店の看板に乙人君の写真や電話番号を印刷し、店頭に掲げた。雑貨店に衣替えした今も妻と交代で店に住み込み、息子の帰りを待ち続けている。

 12平方メートルの狭い店内には駄菓子やたばこが所狭しと並ぶ。年収は5万元程度。閻さんは同じ四川省出身の友人から、古里で商売を始めようと誘われたこともあるが「ここを離れるわけにはいかない」と断った。

 乙人君は今月で21歳になる。「もう大学生。自分より背が高くなったかな。せめて裕福な家庭で大事に育てられていてほしい」。成長した息子の姿を想像しない日はない。「これだけ捜しても見つからないんだから、日本に留学しているかもしれない」と寂しそうに笑った。

子を買う農家「恨む気になれず」

 中国で誘拐が多発する背景には社会保障制度の未成熟がある。民間研究機関の調べによると、内陸部の農村住民が受け取る年金は月120元程度で、都市部会社員の約20分の1しかない。貧しい地域ではさらに半額の月約60元にとどまる。医療保険なども不十分だ。

 15年末まで36年にわたって続いた一人っ子政策の影響もあり、後継ぎに恵まれなかった農家が、老後の暮らしを支える働き手として男児を買い求めるという。中国メディアによると、男児の売買価格は8万~10万元。農家の平均年収5500元の十数倍に当たるが、借金をしてでも買う人が後を絶たないとされる。

 「誘拐犯は絶対許せない」と語気を強める閻さんだが、子どもを買う農家について尋ねると「気持ちは分からないでもない」とつぶやいた。閻さんも農村出身。いずれは四川省の古里に帰る予定だ。老後の不安は人ごとではない。

 乙人君は長女の後に生まれた待望の男児だった。乙人君が行方不明になった後、夫妻は末っ子の男児が生まれるまで新たに3人の子どもをもうけた。一人っ子政策に反するため1人当たり8千~1万元の罰金を払わなければならなかったが、どうしても息子が欲しかったという。

 「買い手がいなければ、子どもを売る人もいなくなるという理屈は分かる。それでも、子どもを買う農家を恨む気にはなれない」。閻さんの複雑な表情に、誘拐問題の根深さを感じた。

 ●24年ぶり再会の父娘も 当局、発見へネットを活用

 行方不明になった子どもが数十年ぶりに見つかるケースもある。今年4月には3歳で行方が分からなくなった娘と父親が24年ぶりに再会を果たし、中国国内で話題になった。

 中国メディアによると、四川省成都市の王明清さん(50)の娘は1994年1月、王さんが雑踏で目を離した隙に姿が見えなくなった。王さんは果物売りなどをしながら娘を捜し続け、タクシー運転手となった2015年以降は娘の写真を乗客に渡して情報提供を呼び掛けた。事情を聴いた似顔絵捜査の警察官も協力し、成長した姿を想像して似顔絵を作成してくれた。

 今年3月、吉林省磐石市に住む康英さん(27)がインターネットで見つけた写真や似顔絵が自分に似ていることに気付き、王さんに連絡。DNA検査の結果、親子関係が証明された。

 康さんは養父が亡くなった後、自分が成都市で拾われたことを伝え聞き、本当の親を捜していた。康さんは誘拐された後、体が弱いなどの理由で捨てられた可能性が高いとみられる。

 誘拐された子どもは後継ぎのいない農家のほか、犯罪組織に売られて街頭で物乞いを強制されるケースもあるという。公安当局は2年前に「団園」という捜索システムを導入。行方不明となった児童の特徴を交流サイトなどに流し、ネット利用者からの通報を基に早期発見につなげる狙いだ。今年5月時点で3053人の不明児童のうち、誘拐された子ども48人を含む2980人を発見したという。

=2018/08/06付 西日本新聞朝刊=

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