地域の塾で主体性育む 平戸に移住の井上さん

“最西端”から教育改革に挑戦

 平戸城を望む長崎県平戸市の商店街の一角。改装された古民家で、年齢も性別も異なる子どもたちが机に座り、黙々とノートパソコンを操る。画面にはそれぞれの習熟度に合わせた教材が表示され、答えに詰まると、すっと男性が近づき、丁寧に指導する。

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 井上翔一朗さん(34)が、福岡市から移住して平戸市に学習塾を開設したのは3月。美容室だった建物を改修し、自らの名前を略した「平戸いの翔塾」の看板を掲げた。

 子どもたちが向き合うのは、主にインターネットの学習システム。基本は個別指導で、井上さんは自分のパソコンで子どもたちの学習状況を確認している。

 「インターネットを活用すれば場所を選ぶ必要はなく、地方でも塾が多い都市部との格差を埋められる。ただ身近で対応できる講師や勉強に集中できる環境は必要」と話す。

 平戸市に塾は少ない。中学や高校受験を目指す子どもの中には、1時間以上かけて隣の同県佐世保市まで通うケースもあり、保護者の負担になっていた。

 井上さんは、新たな塾の形を提案。現在、平戸島全域から約40人の小中学生が通う。じわりと浸透している現状に、井上さんは「長く続けていけば、受講生は増えると思う」と手応えを感じている。

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 福岡市西区出身の井上さんは早稲田大卒業後、同市内の大手学習塾に就職。小学校低学年担当だった2013年春、初めて平戸を訪れた。塾では学習以外に学年間の交流を深めようと、長期休みを利用して「漁師体験」などをする合宿を実施。子どもたちを引率した井上さんは「やはり子ども。体験をするうちに動物のような野生っぽい目つきになっていった」と笑う。

 一方で違和感もあった。塾に通う子どもの多くは経済的に恵まれた、いわゆるいい子。ただ、習い事漬けになっていると感じた。まじめに勉強すれば成績は伸びるはずだが、保護者からの押し付けや周囲との比較を考えるあまり伸び悩む子もいた。旧来型の詰め込み式学習は時代に合わなくなってきていると感じていた。

 「行き着いた答えが主体性。自ら考え、学び、行動する。そのためにも夢中になれる体験が重要で、合宿は貴重な機会だった」

 合宿は学習塾の人気イベントだったが、いつしか井上さん自身が平戸の魅力にのめり込むようになった。

 美しい海や空、食材も新鮮で江戸時代、国内唯一のオランダ貿易港として栄えた歴史もある。何より「来る者を拒まず」の住民気質が気に入った。「365日、この町で過ごし、ここの子どもたちと接したい」。独立して、平戸で塾を立ち上げることを決めた。

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 商店街の中に開設したのは、人口減が進む平戸のにぎわいに少しでも貢献し、子どもも安心して通えることが理由だった。指導に活用するインターネットを使った学習システムは、子どものペースに合わせて同時に教えられる上、学習履歴も効率的に管理できる利点があった。

 新たな学習指導要領は、知識量を問う教育から、主体的に考え、社会の中で何ができるかを重視する教育への転換を求める。

 その実現に、都会が優位とは思わない。むしろ、平戸では小学校の理科の教科書に載っている生物が身の回りにいて、いつでも触れられる。長い目で見れば、都会で教科書や参考書に向かうより、実体験を元にして学ぶ方が価値が高まるのではないか-というのが井上さんの持論だ。

 「平戸は“本土最西端”の地。ここから今の教育を変えていけるかもしれない」。そんな夢も抱く。

 「平戸いの翔塾」を拠点に今後、漁師体験の普及や世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の史跡を巡る教育ツアーなども検討していく考えだ。

 「学力向上を通じ、子どもたちが平戸で夢を実現できる手助けをしたい。同時に地域の魅力も発信し、私のように、ここに住みたいと思う人が増えるような環境も整えたい」。挑戦は始まったばかりだ。

学力テストと地域格差 文部科学省が4月に実施した本年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果によると、全国平均正答数を100点換算した「標準化得点」で比較して、下位3県と平均の差は前回2017年度の試験結果より縮まった。地域格差は縮小し、学力の底上げ傾向が続いている。

 学習状況調査で放課後の過ごし方への質問に対して「学習塾など学校や家以外の場所で勉強している」との回答は、全国平均が小学6年で32.2%、中学3年が42.1%。福岡市は小6が31.6%、中3が45.2%で平均並みか上回ったのに対し、長崎県は小6が24.4%、中3が32.1%といずれも平均を下回った。

=2018/08/12付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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