航空隊史研究へ常駐学芸員 20年度開館の宇佐市平和ミュージアム 悲劇解明へ市検討

西日本新聞

 太平洋戦争末期に特攻基地となった旧宇佐海軍航空隊の歴史を通し、戦争の悲惨さや平和の尊さを学ぶ施設として、同市が2020年度開館を目指す「市平和ミュージアム(仮称)」に、宇佐航空隊史を専門とする常駐の学芸員を置くことが検討されている。市が隊史を学術的に研究しようとしていることに、地元からは「歴史を風化させないためにも、市が継続的に関わることは画期的」と期待する声が上がっている。

 航空隊は1939年、現在の宇佐市柳ケ浦地区に発足。当初は、航空母艦の艦上爆撃機や攻撃機の搭乗員の教育や訓練を行う基地だった。太平洋戦争末期の沖縄戦では、米艦隊に特攻攻撃を行ったため、米軍の激しい空襲を受けた。特に45年4月21日の戦略爆撃機B29による空襲は激しく、施設は徹底的に破壊された。300人以上の死者を出すなど基地機能を喪失。終戦前の5月に解隊された。

 市が学芸員の常駐を考え始めたのは「より深く歴史を解明したい」ため。市職員にするか外部委嘱にするかなど具体的な検討に入っており、研究成果は市民に公開したい考えという。

 太平洋戦争時に米軍が撮影した映像の解析などに取り組む同市の市民団体「豊の国宇佐市塾」の平田崇英塾頭(69)は「市として正確な歴史の調査、研究に取り組む意義は大きい」。平田塾頭によると、市内には航空隊の歴史の掘り起こしや顕彰に取り組む団体や個人は多いが「持続性という観点からは民間では限界がある」と指摘する。

 戦後73年。航空隊を知る語り部は高齢化し、航空隊の悲劇を次世代に語り継ぐには「市と地元団体の連携は欠かせない。ミュージアムがその結節点となってほしい」と話す。

 市の計画では、ミュージアムは同市城井の予定地(敷地面積約2万3千平方メートル)に建設。鉄筋2階建てで、延べ床面積は約3300平方メートル。1階部分には、零式艦上戦闘機や九七式艦上攻撃機、特攻機「桜花」の実物大模型を展示する。将来的に製作を検討する九九式艦上爆撃機はシルエットで大きさを表現する。隊員たちの遺書や遺品、写真など約3千点を収蔵する予定で、年間18万人の入場者を見込む。

=2018/08/17付 西日本新聞朝刊=

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