【日日是好日】亡き人を身近に感じる時 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 彼は健康優良児でした。走るのが速く、正義感があり、動物好きで優しい人でした。

 小学2年生の頃、担任の女性の先生がある朝、皆に折り鶴を見せてうれしそうにお話しされました。その前日、先生は彼のお宅を家庭訪問した帰り道、彼から「先生!これ」と、その折り鶴を手渡されたのだそうです。

 「そうか! 折り鶴をあげると先生は喜んでくれる」と思い、自分も作って差し上げましたが、純粋な彼の二番煎じでは、それほど感動もされませんでした。昔のことですが、今でもふと思い出します。

 彼は私の幼なじみで、小学校から高校までずっと一緒でした。特別仲が良かったわけでもありませんが、気心知れた友達で何でも話し、よく遊びました。共通の趣味が音楽で、洋楽の知識が豊富だった彼にいろいろ教えてもらい、高校時代は一緒にバンドを組んでおりました。彼はドラムをたたき、真面目によく練習をしていました。

 あれから私は僧侶になり、今年もお盆に彼のお宅に伺い、1年ぶりに彼の遺影を眺めました。「君はまだあの時の20代のままだね。私は50歳になったよ」

 あれから二十数年。月日がたち、いろんな事がありました。しかし、久々に会う彼の遺影は、あの時のままで、何だかこちらだけ年を取って照れくさいような気持ちになりました。

 彼が亡くなったとき、私は東京におりました。友人が自宅に来ており、高校時代の話になりました。音楽好きが共通点だった彼の話題を出したとき、突然母からの電話で、彼が自らの命を絶ったことを知らされました。泣き崩れる私を見た友人も、その偶然に驚きました。

 先日、不思議なことがありました。無漏崛(むろくつ)で杓文字(しゃもじ)の祈祷(きとう)をしているとき、彼のお姉さんが来ておられたこともあり、ふと彼を思い出しました。すると、等身大の彼が私の横に現れ、私に何かを渡してくれたのです。折り鶴でした。

 彼は50歳のおじさんのようでもあり、昔のままのようでもあり、一瞬のことではっきりとしませんでした。しかし確かに彼で、折り鶴を渡す顔は穏やかないつもの照れくさそうな表情でした。

 幻影なのか、魂なのか、幻想なのか。しかし、なぜ私に折り鶴を? いつまでたっても折り鶴にこだわっているから、「ほら、あげるよ」とくれたのでしょうか。何とも不思議な体験でした。

 亡くなった方を心に思うとき、その人は必ずそこにおられます。生前よりもっと身近に感じます。そして、あなたを見守り何かを気付かせてくれます。私たちが穏やかでありさえすれば感じます。

 40年たって彼からもらった折り鶴は、目に見える形を成してはいませんが、確かに私の手元に届きました。羅漢寺が好きだった彼から、何だか励まされたようです。「有り難う」と改めて合掌し、うれしいような寂しいような気持ちになりました。

 【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2018/08/26付 西日本新聞朝刊=

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