職人の働き方改革は…徒弟制はブラック? 「常に長時間拘束」「若手育てるため」 労働と修業の境目あいまい

西日本新聞

有名洋菓子店の関係者から届いたメールは「徒弟制度」による長時間労働の常態化を訴えていた 拡大

有名洋菓子店の関係者から届いたメールは「徒弟制度」による長時間労働の常態化を訴えていた

働き方改革に力を入れ、職人や販売スタッフの負担を減らす和菓子店=27日午後、福岡県春日市

 「オーナーが徒弟制度に重きを置き、労働環境が劣悪です」。福岡市の有名洋菓子店の関係者から、特命取材班にSOSが寄せられた。仕込み作業や菓子作りの練習で長時間拘束が常態化し、労働基準監督署の立ち入り調査に備えた口裏合わせまで指示されるという。事実なら「ブラック企業」と批判されかねない。職人の働き方改革はどうなっているのか。

 複数の関係者によると、この店では男性パティシエは入社後に寮に入り、女性パティシエも徒歩10分圏内に住む決まり。食事も店で3食を取り、朝食は前日に売れ残ったケーキを食べることが求められている。

 開店は午前9時。パティシエはその3時間前には出勤し、閉店後も翌日の仕込みに着手。帰宅は午後9~10時ごろになる。この間、休憩は3回30~40分ずつで、遅刻や仕事のミスがあれば5分ほどに短縮される。若手の休日は週1日だ。

 クリスマスやバレンタインの前には店に寝泊まりし、睡眠2~3時間という日も。「残業は毎月130時間以上。残業代もきちんと支払われていません」。パティシエの一人は訴える。

 7月中旬、関係者の告発を受けたとみられる労働基準監督署が、店に立ち入り調査に入った。特命取材班は、調査日の店の朝礼を記録したという音源を入手。オーナーがパティシエに口裏合わせのような指示をする様子が録音されていた。

 「休みが取れないのは問題といえば問題だけど、うまくごまかすように」

 「(1日)8時間、週休2日なら会社は立ちゆかん。仕事を早く覚えたいからやっていると説明するから、そのつもりにしといて」

 店では近年、パティシエが勤務中に顔をやけどする事故も発生。オーナーは自宅でやけどしたように装うことを指示し、労災事故を隠そうとしたという。

 厚生労働省が定める時間外労働の「過労死ライン」は、月80時間以上。長時間拘束や指示は本当なのか。

 店のオーナーの男性に直撃すると、おおむね事実だと認めた。その上で、こう話した。「職人を育てるためです」「職人の仕事は、労働時間をきっちり管理するのが難しいんです」-。

    ◇      ◇

■労働と修業の境目は? 職人「時間外に技術指導」 識者「法に基づき是正を」

 パティシエの長時間拘束が常態化しているという福岡市の有名洋菓子店。特命取材班に事実関係を認めたオーナーは、自らの修業時代を振り返り「一人前の職人を育てるため」と語りだした。

 説明によると、未熟なパティシエは菓子作りに時間がかかる。腕を磨くために機材のそろう店に残り、閉店後にケーキ作りを練習することもある。

 海外で修業した自らの駆け出し時代は、早朝から深夜まで働くのは当たり前。売れ残りのケーキが店にあれば、同僚と競うように食べて味を覚えたという。

 残業代については「きちんと払えば、仕事ができない人ほど給料が高くなってしまう」。労働基準監督署の摘発逃れとも取れる対応については「労基署から何か言われたら困る。労災の申請は手続きが面倒だった」と説明した。

 「昔の修業はもっと大変だった。早く家に帰りたいなら、パティシエを目指さなければいい」。そう息巻いたオーナーはしかし、弱気な顔も見せた。「こんなことなら、もう店をやめようかとも思います」

      ■

 福岡市の有名洋菓子店は極端な例だが、機械化してインターネットが普及した現代でも、濃密な人間関係の中で技能を伝える徒弟制度のような習慣は一部に残る。技術継承と労働時間のバランスをいかにとるか、ジレンマもある。

 「本当に腕を磨きたい人は、見えないところで努力している」。高級料亭に勤め、今は管理職の立場にある男性料理人は話す。若い頃、魚のおろし方など実際にやらないと感覚のつかめない作業は、休日に自分で魚を買って練習した。どこまでが修業で、労働時間なのか、線引きは難しい。「でも古い意識を変えないと若い人が離れてしまう」

 唐津焼の窯元を営み、弟子を指導していた60代男性も「職人の技術は簡単に身に付かない」。作陶は、炎の色合いで焼き加減を判断するなど、言葉で伝えにくい技術が多い。土が乾燥するまで待つ工程もあり、「就業時間を考えると、教えきれない部分もある。一人前になるには、下積みの時間が必要です」。

 もちろん、職人の世界も来春施行の「働き方改革関連法」の例外ではない。そもそも、労働基準法は「徒弟の弊害排除」をうたう。

 和菓子店「富貴」(本店・福岡県春日市)では働き方改革を見据え、百貨店への出店を控え、大型冷凍庫などの設備投資をして週休2日を実現させた。松本弘樹社長(57)は「売り上げは下がったが、人件費は抑えられ、不都合は生じていない」と話す。

 ただ、職人を目指す研修生に労働時間外で指導することはなくなった。「昔はタイムカードを打った後に技術を教え、休日に菓子を作っていた。短期間で技術を学びたい研修生にとって、働き方改革が不利益と感じることもある」

      ■

 「労働と自己研さんの境目はあいまい。雇用主は、労働時間の考え方を整理する必要がある」。南山大の緒方桂子教授(労働法)は、こう指摘する。

 職人の世界では、若手従業員に「職業訓練の一環で商品を作らせてあげている」という考えが根強いというが、緒方教授は違和感を覚えるという。「本人が希望して菓子作りの練習をする場合は自己研さん。だが、仕込みで早く出勤したり、居残りを強制されたりするのは、明らかに労働時間だ。賃金を正しく算定して払うのは当然だ」

 社会保険労務士の吉野正人さん(福岡県久留米市)は「これまでは修業したいという従業員の気持ちと、雇用主の利害関係が一致して成り立っていた。今後は法に基づき、長時間労働を是正しなければ、業界全体がブラックという印象が広まってしまう」と語った。

=2018/08/28付 西日本新聞朝刊=

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