「真岡炭鉱事故」風化させるな 糸田町で慰霊祭 住民グループが企画

西日本新聞 筑豊版

 糸田町の真岡炭鉱で起きた事故で亡くなった日本と朝鮮半島出身の労働者4人を追悼する慰霊祭が17日、町内の慰霊碑の前で開かれた。

 事故は73年前の1945年9月17日に発生。台風による豪雨の際、電源のスイッチを切るために単独で坑内に入った朝鮮人の少年と、帰って来なかった少年を助けに向かった日本人3人の計4人が亡くなった。

 「歴史を風化させたらいけない」と地元有志らが81年9月、慰霊碑を建立。少年の名前は長年不明だったが、その後の調査で、事故当時16歳だった姜相求(カンサング)さんだったと2009年に判明し、碑に名前が刻まれた。

 慰霊祭は炭鉱事故を伝える地元住民グループが企画し、毎年開催。町民やフィールドワークのため筑豊を訪れた千葉大の学生ら約40人が参加し、春日市在住の朴康秀(パクカンス)さんが主宰する韓国民族打楽器グループ「ビビムタ!チャンゴ教室」の演奏や献花があった。住民グループの樋柴昭さん(68)は「多くの人が参加してくれてうれしい。今後も炭鉱事故の真実を伝えていきたい」と話した。

=2018/09/18付 西日本新聞朝刊=

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