「狭山事件」の万年筆 論説委員 小出 浩樹

西日本新聞

 私が中を見て回ったその木造平屋は、もうない。原因不明の火事で焼失した。何者かが放火したとの推理もある。

 女子高校生が身代金目的で誘拐され、殺された狭山事件(1963年)。容疑者として逮捕された石川一雄さん(79)の自宅である。埼玉県狭山市の被差別部落にあった。

 火事が起きたのは、95年12月。無期懲役の確定後、石川さんが仮釈放されてから、しばらく後の出来事だった。

 そのずっと前、私は事件現場を歩いた。冤罪(えんざい)を訴える石川さんの支援者らが呼びかける現地調査だ。通称「ゲンチョー」と呼ばれ、逮捕された5月23日(63年)など節目の日に行われた。

 参加に当たって決めていたことがある。石川さんがシロかクロか先入観を持たず、ありのままを見ることだ。

 薄らいだ記憶の中、「これこそは」と鮮明に覚えている場所がある。

 勝手口のかもいだ。

 被害者所有の万年筆がそこで、3度目の家宅捜索で発見された、とされる。万年筆は石川さんの自白で見つかった決定的証拠の一つとされた。

 なぜ2度の周到な家宅捜索では見つからなかったのか。

 かもいは高さが床から175・9センチ、奥行き8・5センチ。ゲンチョーの際、万年筆を寝かせて置いてみた。かもいより背が低い私でも近くから半分以上が見える。少し離れれば、かもい全体が見渡せた。

 石川さんの兄、六造さんによると、3度目の捜索で警察はかもいに万年筆があるから捜すよう促したという。しかも「素手でいい」と言い、最初に手にしたのは六造さんだった。事実なら信じがたいずさんさで、警察による証拠捏造(ねつぞう)説の論拠となっている。

 今月、新たな動きがあった。万年筆のインクの成分が、被害者所有のものと石川さん宅で見つかったものとでは一致しなかった-そんな鑑定結果を裁判所に出したと、弁護団が発表した。

 そもそも2本の万年筆はインクの色が違っていた。被害者の持ち物はライトブルー、発見されたのはブルーブラックだった。

 石川さんが請求する再審の開始には明白な新証拠が必要だ。「開かずの扉」だった再審は開始決定が続いている。大阪地検特捜部の証拠改ざん事件(2010年)など捜査手法への国民の不信感が背景にある。そんな中で裁判所は万年筆をどう判断するのか。

 事件は、関係者ら6人が自殺や変死を遂げるなど今も謎に満ちている。ただ、石川さんの裁判について私の中では決着がついている。かもいをはじめ現場が教えてくれた。

=2018/09/19付 西日本新聞朝刊=

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