【DCの街角から】クールジャパンの陰で

西日本新聞

 「僕は日本語が話せるんだよ」。先日、バージニア州の自宅近くの理髪店で散髪していると、近くの席に座った幼い男の子が「いち、に、さん、し…」と日本語で元気よく声を張り上げた。米国人の父によると母は日本人で、生活は英語が中心だが日本語も覚え始めたそうだ。

 理髪店の経営者はモロッコ出身。ベトナムから移住した女性従業員もいれば、ヒスパニック系の客もいて、店はいつも多国籍状態だが、日本人の客はそう多くない。男の子に「こんにちは」などと声を掛けると店員たちが珍しがって、店内はしばらく即席の日本語教室と化した。

 この地域で今春、ある騒動が起きた。これまで公立高校の外国語の授業として選択できた「日本語」が打ち切られることになったのだ。保護者によると、地元にはヒスパニック系の家庭が多く、実際の生活で使うことも多いスペイン語などの人気が高い一方、日本語は身近でない上に習得が難しく、希望者が少ないことが主な理由という。

 しかし、この決定に現役の高校生や進学後に日本語の学習を希望していた中学生たちが猛反発。教育委員会の公聴会で日本語授業の存続を強く訴えるなど反対運動を展開した結果、授業廃止の決定は撤回された。

    ☆    ☆

 日本のサブカルチャーが米国でも人気といわれて久しい。「クールジャパン」という表現こそ耳にしないが、近所の図書館にも日本の漫画が並ぶなど若者への浸透を実感する場面は多い。日本大使館によると、アニメやゲームを入り口に日本語を学ぶ米国人は増加傾向にある。

 ところが在米の日本語教師は高齢化などさまざまな理由で逆に減少している。さらに同じアジアの言語なら就職に有利とされる中国語を選ぶ学生が多い傾向もあり、日本語を学ぶ場は各地で減りつつあるという。

 私の住む地域では危機感を抱いた日本人たちが夏休み限定で学生向けの無料日本語教室を開催。教室をのぞくと「ルパン三世が格好いい」と楽しげに語る高校生たちがしり取りなどをしながら単語を学んでいた。平仮名を覚えた生徒もいたという。

 この取り組みを機に日本語学習熱は大人にも広がり、10月からは月2回、学生向けと大人向けの教室開催が決定。日本語教育の普及を目指すNPO法人も設立された。中心となっているのは福岡県大牟田市出身の笹栗実根さん。「地域との関わりを深めて、日本好きの米国人を増やしたい」と意気込む。

 日本文化が注目される陰で進む日本語教育の危機。大使館は笹栗さんのような草の根の動きと連携して日本語普及の支援策を練る検討会を近く立ち上げる。クールな議論を期待したい。
 (田中伸幸)

=2018/09/22付 西日本新聞夕刊=

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