つらい時こそ「笑い」を コミックバンドで活動する水俣病語り部・杉本さん 患者家族の思い伝える

西日本新聞

 水俣病についての正しい理解を深める芦北町の発信事業「うたせ船で水俣病を学ぶ講座」が29日、同町であり、水俣市立水俣病資料館語り部の会の杉本肇さん(57)が講話した。祖父母と両親が認定患者の杉本さんは現在、漁師の傍ら、弟などとコミックバンドを組んで活動している。水俣病によって苦難に追いやられた一家に生まれ、たどり着いた先に見つけた「笑い」に込める思いを語った。

 杉本さんの家は代々、いりこになるカタクチイワシ漁を営む網元だったが、祖母の発病を機に激変。家族は差別や嫌がらせを受けた。小学1年の時、祖父が死去。両親も入退院を繰り返すようになり、5年生の杉本さんが1人で弟4人の世話をした時期もあった。

 「5歳と4歳の弟は、母が常に貼っていたサロンパス(湿布薬)を握りしめて寝ていた。サロンパスが母の匂いだった」

 つらい時に支えになったのが支援者たちの存在だった。夏休みは自宅に泊まり込み、漁や家事、弟たちの世話を手伝ってくれた。

 「たくさんの人とのご縁、恩を忘れてはいけない」。33歳で帰郷。何かできないかと考え、思いついたのがコミックバンドだった。

 03年の土石流災害で15人が亡くなった水俣市宝川内の公民館で06年4月、ステージに立った。公演後の女性の言葉が忘れられない。「3年ぶりに笑いました」。人間は笑わないといけない-。杉本さんの中で芸に対する考え方が変わった。

 その後、コミックバンドとして東北や熊本の被災地にも出掛けた。「一番、つらい時に助けてもらった分、恩返しをしたい。あの時のお礼とともに役に立ちたい」。苦難の中で味わう人の温かさ。そのありがたさを知るからこそ、杉本さんはステージに立ち続ける。

 講座は08年に芦北町が始め11回目。メインのうたせ船に乗って不知火海を眺め、漁体験などをする企画は台風24号の接近のため中止になり、代わりに参加者たちは水俣病資料館を見学した。

=2018/09/30付 西日本新聞朝刊=

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