「手話カフェ」で働き変わった価値観 28歳の店長 ろう者と聴者の“懸け橋”目差す

西日本新聞

 ご注文は指さしでお願いします-。耳が聞こえない人と聞こえる人がともに働くカフェレストランが、福岡市博多区千代2丁目にある。「いつも笑顔で」をモットーに、その名も「手話カフェ nico-福岡」。筆談や手話でコミュニケーションし、手作りのランチやパンを提供。聴覚障害に対する理解を広め、聴者との間の“懸け橋”となる場を目指している。こうした常設のカフェは九州では珍しいという。

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 店に入ると、レジの前に「指さして」と大きく書かれたボードが目に飛び込んできた。ろう者(聞こえない人)の女性スタッフに、メニューの一覧から食べたいものを指さしで選んで注文、料金を払って席に着く。用があるときは手を上げれば、筆談ボードを持ってきてくれる。

 市内で就労継続支援A型事業所の食堂を運営する一般社団法人「ノーマライゼーション」が今年2月にオープンした一般就労の店だ。ろう者はコミュニケーションが難しいと思われがちで、求人も単純作業の仕事が多いが「聴者側の思い込みではないか。仕事の選択は誰もが自分自身で決めること」と代表理事の松本昌彦さん(61)。ろう者の働き手としての可能性を広く知ってもらおうと、手話カフェを発案した。

 そんな思いに共感したのが店長の本野有華さん(28)。昨年5月、お互い通っていた手話の入門基礎講座で知り合った。かつてホテルのフロントで働いていた本野さんは、宿泊客のろう者の老夫婦と十分に意思疎通できず「悔しかった」経験がある。「筆談で説明しても、自分が手話を全く知らず、伝えたいことを伝えられなくて…」。松本さんから手話カフェをオープンしたいと聞き「やってみよう」と決意。東京にある手話カフェを実際に見学し、準備を整えていった。

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 店内で働くスタッフはろう者が3人、聴者が2人でいずれも女性。ボーダー柄のそろいの制服で客をもてなす。「最初はろう者についてあまり知らなかった」本野さんだが、同僚として働くうちに「“特別視”する必要はないのでは」と思うようになった。聞こえなくても、手話や、唇の動きなどで意思疎通する口話、身ぶり手ぶりで十分、コミュニケーションが取れると分かったからだ。

 社会の中で力を発揮できるはずなのに働く場が乏しいのは、周りの理解不足だけではなく、ろう者側も、自身の可能性を信じ切れていないように映る。

 「聞こえないなりの接客の方法はあり、お客さんに対する印象も笑顔で変えられる。スタッフには、できないなら頑張って練習しようと言い続けました」

 あいさつの仕方、サンドイッチの切り方、聞こえないからこそ無頓着になりがちな、大きな音を立てないように皿を洗ったりドアを閉めたりすること-などを、丁寧に教えていった。

 「つえをついたり、車椅子を使ったりしないろう者は、見た目では障害があると分かりにくいけど、身近にいる。耳や声に頼らず、誰とでも言葉や気持ちを伝えられる方法がいろいろあることを、カフェに来て知ってもらいたい」。カフェの存在が、ろう者の暮らしの選択肢や夢を広げることにつながると信じている。

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 ろう者スタッフの一人、宮崎柚希さん(21)は接客を志望し、アパレルや飲食店の面接を受けたものの就職できなかったという。オープンして約8カ月。今でもカフェにろう者がいると気づかない客から言葉で質問されることもあり「難しい」と感じることも。それでも「お客さんが手話を一つでも覚えて使ってくれることがうれしい」とにっこり。「いずれは、手話ができる店として地元で知らない人がいないぐらい人気の店にしたい」と筆談で夢を語ってくれた。

 「彼女たちが頑張る姿に触れてエネルギーをもらい、何かを感じてくれたら」と松本さん。2階も含めて約30席あり、市営地下鉄千代県庁口駅1番出口から徒歩1分。営業は月火水金が午前11時~午後8時半、木土日祝日は午後5時まで(不定休)。特製のランチなど日替わりメニュー(650円)のほか、手作りパンやドリンク類、ケーキセットも。木曜午後は、スタッフと楽しんで手話を学ぶ手話教室も開催中。同店=092(643)1616。 

=2018/10/11付 西日本新聞朝刊=

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