【日日是好日】年を重ね巡り会う「幸せ」 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 先日ある雑誌の記事に目がとどまりました。それは、50代の女性の小説家が、「幸せとは何か」をご自分に問い掛けておられた記事でした。彼女は10代の頃、「幸せとは?」と尋ねられると、「自由でいること」と答えていたそうです。しかし当時は、やみくもに自由に憧れてはいても、自由の本質が孤独であることまでは理解していなかった、と述懐しています。

 20代の頃の彼女は「お風呂と本があれば幸せだった」。30代は、「愛し愛されること」。しかし、それは幸せと呼ぶには強烈すぎるし危険すぎる、ということには気づいていなかった。40代の頃の彼女は、「仲間がいること」と答えたが、四季同様、仲間たちも移ろうことに気づいた、と。

 僧侶になってから常日頃、私も「幸せって何?」と自分に問い掛け、皆さんにも問い掛けております。先日、大分県立芸術文化短期大学へ、今年で4回目の講義に行って参りました。講義と申しましても、日常で大切だと思うことを、僧侶の立場で学生さんに問い掛ける場を頂いているだけです。

 今回の問い掛けの一つに「幸せって何?」と聞いてみることにしました。18~19歳の学生の多くは、幸せを実感しておらず、その答えに戸惑っておりました。「今、幸せを実感することがなくても、きっとこれから感じる時が来ます。今日の質問を忘れずに、覚えていてください。そしていつか自分に問い掛けてみてください」と私は申し上げました。

 かく言う私は10代の頃、「幸せって何?」と尋ねられたら何を答えたでしょう。あの小説家のように「自由でいること」などと答えることもなく、きっと今回の学生のように戸惑ったと思います。私も今の学生同様「幸せ」を意識することなく、漠然と生きていたからです。

 冒頭にご紹介した小説家は、50代の今の幸せをこう書いていらっしゃいます。「自分が朝起きるだけで嬉(うれ)しい。雨ならば雨の降っていることが嬉しい。自分に五感があって、今日も世の中を観察できることがしあわせ。ここに至ってようやく、しあわせを自分の外側に求めてはいけないことがわかっ
た」と。

 彼女は「幸せ」をテーマに自分を振り返り、今の自分を見つめておられました。50代になって昔の自分を振り返ってみると、恥ずかしかったり、情けなかったりと、今やっと気づくことばかりです。しかし、気付いたことがありがたく、そして本物に巡り合えたことが、何よりの幸せなのだと感じます。

 私は、たまたま目にした雑誌の彼女の記事を読んで嬉しくなりました。まさに今の私は、彼女と同じ気持ちです。秋が深まり、一段とすがすがしくなった空気を体全体で頂ける。全身で今を感じるこの瞬間が、「私の今の幸せ」なのです。

 【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2018/10/14付 西日本新聞朝刊=

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