平成筑豊鉄道が再開 利用者「うれしい」

西日本新聞 筑豊版

田川伊田駅で、運行を再開した行橋行きの列車に乗り込む人たち 拡大

田川伊田駅で、運行を再開した行橋行きの列車に乗り込む人たち

「岳陽浪漫号」に乗り合わせて楽しむ田川高の卒業生たち

 平成筑豊鉄道が通常ダイヤでの運行を再開した27日、通学で利用していた学生や、貴重な交通手段として頼っていた高齢者などから喜びの声が上がった。

 田川高2年の松本夏海さん(17)は、一部不通だった期間中、田川伊田駅で列車を降り、代行バスに乗り換えて通学していた。「バスは列車より本数が少なく、早く帰りたいときは、バスを待たず歩いて駅を目指したこともある。乗り換えの必要がなくなったのはうれしい」

 これまで運転免許を取得したことがないという田川市の女性(73)は「列車が動かないと困る」と、再開を待ち望んでいた。行橋市で1人暮らしをする姉の自宅を訪れるのに、代行バスでは普段の倍近く時間がかかっていた。「ずっと平筑を利用してきた。やっと再開してくれた」。行橋市の菊浪ミツ子さん(75)は「久しぶりに乗ったが、田園風景が美しい。観光客がたくさん来てくれるようになるといい」と語った。

 ■列車貸し切り応援

 列車に乗って平成筑豊鉄道を応援-。香春町の田川高を1966年に卒業した70~71歳の元同級生33人が27日、この日113日ぶりに全線での運行を再開した平成筑豊鉄道の「へいちく浪漫号」を貸し切って車窓からの風景を楽しんだ。参加者の半数近くは、かつて列車で通学しており、懐かしい景色を眺めながら昔話に花を咲かせた。

 列車の貸し切りは、同校であった同窓会総会の後に行われた。同窓会の名称にちなみ、貸し切り列車は「岳陽浪漫号」と名付けられた。発起人は、JR九州で佐賀鉄道部長を務めた加治屋清史さん(70)=田川市出身。鉄道の仕事を離れてからも、沿線の人口減による減収などで、厳しい経営状況が続く地元の平成筑豊鉄道を気に掛けていた。力になりたい思いが強まり、今年1月、仲間に貸し切り列車を提案したところ快諾されたという。

 準備を進めていた7月、西日本豪雨が発生。同校の最寄りの勾金駅を含めた一部区間での不通が続いた。開催が危ぶまれたが、偶然にも運行再開と同窓会総会の日が重なった。「運命的なものを感じて喜ばしい」と加治屋さんは話す。

 この日、列車は田川伊田駅を出発。後輩の卒業生らが造った日本酒「水平線上の突起」で乾杯後、料理に舌鼓を打ちながら約3時間半の列車の旅を楽しんだ。

 神奈川県から4年ぶりに地元に帰ってきた植田一史さん(70)は「車窓からの風景は、あのころと変わらない。ふるさとが一番です」と笑顔で話した。

=2018/10/28付 西日本新聞朝刊=