【日日是好日】「初発心」忘れずにいたい 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 富尾先生がやって来られました。

 「お会いする日を一日千秋の思いで待っていました。やっとお会いする日が来ます。とってもとってもうれしいです」。お越しになる1週間前のお便りに、こうお書きくださり、「お土産です」と事前にトマトをたくさんご恵送くださいました。

 富尾先生は、名古屋の修行道場で堂長老師の次のお役におられる方で、主に漢詩や御詠歌を教えてくださいました。このたびのご一行は、愛知の御詠歌師範の方々とご寺族の奥様方、総勢二十数人の皆様です。修行道場を後にして以来、富尾先生にはお会いしておりませんでしたので、私もこの日を楽しみにしておりました。

 山門でお待ちしておりますと、小さな体の先生がつえを突きガイドさんに支えられ歩いてこられました。御年79歳。そのお姿を拝見すると、涙があふれ駆け寄り「先生、ようこそお越しくださいました。有り難うございます」と申し上げました。先生も涙を流され「英華ちゃん。会いたかったよ」と手を握ってくださいました。

 名古屋の尼僧専門道場は常に、年齢、境遇、国籍もさまざまな二十数人の雲水が修行しており、堂場の老師の皆様とも生活を共に致します。通称、尼僧堂と呼ばれる尼僧専門道場は、約120年の歴史があり、尼学林と呼ばれていた時期もあり、尼僧さんの学校でもありました。

 その流れをくみ、今でも尼僧堂では、茶道、華道、御詠歌、漢詩、習字、お袈裟(けさ)や絡子を作る三衣(さんね)の授業があります。その他に行事や法要をする傍ら、禅宗の教義を学ぶ宗乗や法話を実践する授業で学ばせていただけます。とりわけ富尾先生には、漢詩の素晴らしさ、作る楽しさを教えていただき、御詠歌のご指導も賜り、お唱えする喜びを教えていただきました。

 久しぶりの先生のお姿を拝見し、あの当時お世話になった御詠歌の先生方にお会いして、お越しいただいた有難さに涙があふれると、修行にまい進し、与えられた時間を精いっぱい生きた修行道場での生活がよみがえってきました。

 ふと、尼僧堂の堂長老師のお言葉を思い出しました。「初発心(しょほっしん)の垢(あか)づかぬ火が、つねにいきいきと燃えているかを自らに問い続けよ」。初発心とは、悟りに向かう心を初めて起こすことです。

 修行道場を離れ6年。日常に流されていないか、自己流になっていないか、と問いかける余裕もなく過ごしていた自分にハッとしました。「初発心」を忘れないことは、「さあやるぞ」という意欲が大事だということでもあります。

 懐かしい先生方の真心が、忘れかけていた大事なことを気づかせてくださり、心が温かくなりました。「初発心よ、燃え続けているかい?」。改めて、消えそうになっていた「私の火」に問いかけました。

【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2018/10/28付 西日本新聞朝刊=

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