【AIのある未来へ】デジタル報道部の「実験」

西日本新聞 坂本 信博

 インターネットを介し、事実と異なる話をニュースのように編集した「フェイクニュース」も飛び交う現代。来年には高速大容量の第5世代(5G)移動通信システムのサービスも一部で始まる。速報性と正確性を兼ね備えた情報を読者に届けるにはどうすればいいか。ニュースの現場の空気感や臨場感をより豊かに伝えるにはどんな手だてがあるか-。本紙のデジタル部門を担う西日本新聞メディアラボは今夏、デジタル報道部(☆1)を創設し、人工知能(AI)も活用したさまざまな「実験」を始めている。

 

SNS端緒に超速報

 例えば「超速報」。大きな事件や事故の発生をいち早くつかみ、裏付け取材して本紙ウェブサイトで発信している。取材の端緒の一つとして活用しているのが、会員制交流サイト(SNS)で飛び交う膨大な情報の中から、AIも駆使してニュースを見つける速報サービス「スペクティ」だ。

 8月29日午前11時50分ごろ、福岡市博多区博多駅前3丁目の市道が陥没しているのをパトカーが見つけた。本紙が超速報でこれを報じたのは約40分後の午後0時29分。博多駅前では2016年11月にも市営地下鉄七隈線延伸のトンネル掘削工事に伴う大規模な道路陥没が起きたこともあり、超速報はツイッターなどで一気に拡散された。

 報道機関は従来、警察や消防の発表で事件や事故の発生を知ることが多かった。例えば事故の場合、報道機関に警察の広報文が届くのは発生から随分後ということも珍しくない。この日も警察発表は発生から1時間以上たってからだった。

 一方、スマートフォンやSNSの普及に伴い、事件や事故の現場近くにたまたま居合わせた市民が、ツイッターで目撃情報を写真や動画付きで自主的に発信する事例が増えている。

 

問われる取材の力

 スペクティが「道路の一部が陥没 福岡市博多区付近」という第一報を新聞社に知らせてくれたのは、警察が陥没を覚知して約20分後の午後0時9分。その4分前に写真付きで投稿された「また、陥没!」というツイートが端緒だった。

 ツイートが誤報や虚報の可能性もあり、うのみにはできない。デジタル報道部の記者たちが博多署や市役所に取材し、20分後に「道路が約55センチ四方にわたって陥没しているのが見つかった。福岡市交通局によると、市営地下鉄七隈線延伸工事とは無関係という」との超速報を打った。その後も取材を重ねて情報を随時更新し、原因や影響などの続報を発信した。

 ウェブ上では、最初に報じられたニュースほど多くの人に拡散される傾向がある。9月7日早朝、九州大箱崎キャンパス(福岡市東区)で研究室を焼く火災が発生。焼け跡から遺体が見つかったと報じた超速報は、ツイッターだけで閲覧回数が100万回に達した。

 本紙の発行部数を上回っており、記者たちは速報への需要の高さを再認識した。ただ、速さを競うあまり取材が甘くなれば、誤報を社会に拡散してしまう。短い時間でいかに正確な情報をつかみ、要点を押さえた記事にまとめられるか。速報サービスは瞬発力や取材力、文章力など記者の基本能力が試される。

 

「現場」 目の前に再現

 デジタル報道部は仮想現実(VR)映像とジャーナリズムを組み合わせる「VR報道」にも挑んでいる。

 73回目の原爆の日を迎えた8月。核兵器の惨禍を伝える沈黙の語り部として世界遺産に登録されている原爆ドーム(広島市中区)の内部に、市の特別許可を得て本紙記者が入り、高精密な「4K」画質で180度の3D映像を記録できるカメラで敷地内を撮影した。

 専用ゴーグルにスマートフォンを装着すれば、上下左右に広がる立体映像も視聴できる。骸骨のような骨組みがむき出しになったドーム。当時のまま、がれきやれんがに覆い尽くされた地面や、ねじ曲がったらせん階段など、73年前から時が止まったような"死の光景"を間近に体感できる。

→VR動画サイト

 今後は報道機関に限定公開される場所や、災害現場などで読者の目となってVR動画を撮影する計画だ。

 取材や表現の手法は変わっても、読者の代わりにニュースの現場を取材し、「知りたい」にこたえるという記者の使命は変わらない。デジタル報道部の挑戦は続く。

 

 ☆1デジタル報道部とは…
 本紙のウェブサイトを運営する部署。西日本新聞編集局のデジタル編集チームを兼務している。デジタル報道部取材班はSNSなどを活用して記者が読者とつながり、「知りたい」にこたえる「あなたの特命取材班」も担当している。紙面とウェブサイトの両方に記事を出稿しつつ、デジタル時代のジャーナリズムの研究や、キラーコンテンツづくりの実験に取り組んでいる。

 

速報サービス「スペクティ」の仕組み 深層学習でニュース探す

 人工知能(AI)を活用した速報サービス「スペクティ」は、どのようにしてニュースを探し出しているのか? 開発したスペクティ社(東京)の村上建治郎社長に聞いた。

 時々刻々、ネット上に現れるツイッターやインスタグラムなど会員制交流サイト(SNS)の情報。同社は公開された情報を収集し、テキスト(文章)と画像に分けて分析する。テキスト分析は「火事」や「事故」などのニュースにつながるキーワードに注目するが、「激辛ラーメンを食べて『口の中が火事!』というツイートもある。コンピューターの自然言語処理という技術で、単語だけでなく文脈も解析してニュースか否かの判断をしています」と村上社長は説明する。そこで使われているのは、コンピューターが自ら集めた膨大なデータを「学習」し、特徴を捉え、効率的な判断をする深層学習(ディープラーニング)の技術だ。

 画像の分析にも、ディープラーニングが生かされる。例えば火事の写真がSNSに上がったとき、過去の火事の写真が共通して持つ特徴と比較し、実際の火事なのか、たき火なのか、祭りの火なのか判別している。発生場所はツイートのテキスト情報や付随する位置情報などに加え、「画像の不鮮明な部分を鮮明にする技術と、画像中の文字を認識する技術を組み合わせて写真に写り込んでいる看板の文字などから探り出しています」と村上社長。「ディープラーニングに加えて、気象などのデータも付加しています。現地は雨なのに、晴れの画像だから情報は不正確だといった判断ができます」

 同社はフェイクニュースの対策にも力を注ぐ。データベースを構築し、過去の事例からフェイクが含まれていそうな投稿を抽出する。画像もデータベース内に酷似した写真がないか、無断でコピーして使ってないかをチェックする。「ただデータ量が足りず、コンピューターでできるのは1次スクリーニング(選別)の段階。最後はスタッフの目で確認作業を行っています」と村上社長は語る。正しいニュースをより早く探し出すために、コンピューターと人の協業が続いている。


=2018/10/28付 西日本新聞朝刊=

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