頼山陽に思いはせ 「耶馬渓命名も偉大な創作」 入渓200年記念、中津市でフォーラム

西日本新聞

約300人が聞き入った「頼山陽フォーラム」 拡大

約300人が聞き入った「頼山陽フォーラム」

 中津市の全国的景勝地・耶馬渓を命名した江戸期の文人、頼山陽(1780~1832)の入渓200年を記念した「耶馬渓誕生!200年記念祭 頼山陽フォーラム」が、同市耶馬渓町の耶馬渓公民館文化ホールであり、住民ら約300人が地元と山陽の深いつながりに思いをはせた。

 山陽は広島藩の儒学者の家に生まれた。32歳で京都に私塾を開き、日本初のベストセラーといわれる歴史書「日本外史」を記した。1818年、九州旅行の際に「山国谷」と呼ばれていた同市耶馬渓地区の山水の美しさに驚く。その衝撃から「耶馬渓」という美称を与え、「耶馬渓山 天下無(耶馬の渓山 天下に無し)」と激賞。全国の文人たちがあこがれる地へと変貌させ、全国に耶馬渓という名を冠する景勝地が生まれるきっかけになった。

 3日にあったフォーラムでは、頼家6代当主で、頼山陽旧跡保存会(京都市)の頼政忠理事長が講演。「風光明媚(めいび)」や「山紫水明」などの言葉は山陽が創作したとする頼理事長は「山陽は人を引きつける言葉を発明し、コピーライター的才能に優れていた。耶馬渓も偉大な創作の一つだった」と解説した。

 頼山陽ネットワークを運営し、山陽の著作もある作家の見延典子さん=広島市=をコーディネーターに、パネルディスカッションも行われ、山陽の人柄や功績、九州とのつながりなどについて意見を交わした。

 200年記念祭実行委員会の宮瀬正明会長は「250年、300年と記念祭ができるよう、次世代に引き継いでいきたい」と意気込みを語った。

=2018/11/06付 西日本新聞朝刊=

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