【日日是好日】「直心」を取り戻し元気に 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 たそがれ時、西の空の残照が辺りを切り絵のように浮かびあがらせます。私の好きな秋の夕暮れです。紅葉シーズンは、耶馬渓が一年のうちで最も観光客でにぎわいます。それに伴い、羅漢寺の参拝者も次第に多くなってきました。

 先日、無漏崛(むろくつ)内でお守りを一生懸命ご覧になっておられた女性が「あの…いつも身に着けるお守りはどれがいいですか」と質問されました。少々、元気がありません。「あなたの物?」「はい。病気が治るようなお守りです」

 私は彼女のお顔を拝見し、「重症ではないとお見受けしますが、腕輪などを身に着けられるといいですよ」と申し上げました。すると彼女は軽くうなずき、「これにします」と、水色の腕輪を求められました。彼女は、小学生の娘さんとご主人、お父さまと来られた様子で、山内をお参りされ、しばらくすると無漏崛前に戻って来られました。

 小学校低学年の娘さんが「おみくじで、きれいな石が出たよ」と、うれしそうに根付のお守りの説明を私にしてくれました。横にいたご主人が「なぜ、山内は写真を撮ってはいけないのですか」とお尋ねになったので、私はご説明しました。

 「人間は、忘れ、おごる生き物です。世の中に流されてしまい、年を取ると純粋さが無くなってしまいます。しかし、本来はあなたのお嬢さんのように、純粋な心を持っています。ここでは、目や耳、鼻や口、肌で感じて、本来のご自分の心を取り戻してほしいという願いがあります。人間の強さの源は、五感であると思います」

 「私、心で観(み)たよ」と小さな娘さんは、かわいらしく私を見上げました。ご主人は「よく分かりました」とにっこりされました。

 私は女性に向き直り、申し上げました。「あなたの病気は、このお守りが救うのではありません。このお守りは、元々あるあなたの心を、治癒力を応援するだけです。元気がないときに気付かせてくれる存在です」と。女性も「来てよかったです。頑張れます」とおっしゃってくださいました。

 仏道修行における問答で、「自己を見つめる道場はどこにあるか!」との問いに、「直心(じきしん)是(これ)道場」という答えがあります。

 直心とは純一無雑で素直な心をいいます。答えの意味は、誰でも生まれながらに持っている誠実な心が原点で、それを見つめることが修行であり、置かれたところすべてが道場であるということです。

 人間は、欲望と共に「直心」に余分なものを付着させ、それに執着し、揚げ句の果てには自分を苦しめてしまう。余分なものとは、怒りやおごり、ねたみや悲しみなど感情に振り回されることです。

 皆さんの「直心」は健在でしょうか。

 心がお疲れの方、この季節、自然の芸術を五感で堪能してはいかがでしょう。くだんの小さな娘さんのように、きっと「心で観た」と感じ、「直心」がやってきますよ。

 【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2018/11/11付 西日本新聞朝刊=

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