黒潮の海原を越えて、訪ねてみたい島がある…

西日本新聞

 黒潮の海原を越えて、訪ねてみたい島がある。「日本のゴーギャン」と呼ばれる孤高の日本画家田中一村(いっそん)(1908~77)が没した奄美大島。生誕110年の今年、奄美の記念美術館で特別展が開かれている

▼一村は26年、東京美術学校(現東京芸術大)に入学するが、家庭の事情などで中退。50歳の時、沖縄返還前の日本最南端の地、奄美への移住を思い立つ。植物ならアダンにソテツにクワズイモ。生き物ならアカショウビンにチョウチョウウオ。亜熱帯の島の自然を題材に画家としての最後を飾る立派な絵を描くと誓ったのだ

▼そんな一村の絵を見た高倉健さんは著書にこう記す。〈南の島のたくましい命があふれている。自分の命をけずって、絵の具にとかしたような絵だ〉

▼健さんの感想通り、一村は命を削って描いた。食べ物は畑で自給自足。日給450円の染色工として働き、生活費をためては画業に没頭した。精緻な筆致と大胆な構図、奥深い色調で彩られた作品は息をのむほどである

▼一方では、奄美のハンセン病施設で、故郷を追われた患者たちが肌身離さず持っている家族の写真を基に肖像画を描いてあげた。生きているような家族の絵を手にした患者たちは涙を流し喜んだという

▼「不器用ですから」-。健さんの名せりふがぴったりくる生き方を貫いた画家である。粗末なアトリエの座右には、仰ぎ見た天才画家ピカソの画集があった。

=2018/11/18付 西日本新聞朝刊=

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