小倉城石垣に「輪取り」工法 北九州市が3D調査 カーブさせ強度保つ

西日本新聞 北九州版

市立埋蔵文化財センターで展示されている小倉城の調査成果。立面図(中央左)や小笠原家の「三階菱」紋が入った丸瓦(中央下)などが並ぶ 拡大

市立埋蔵文化財センターで展示されている小倉城の調査成果。立面図(中央左)や小笠原家の「三階菱」紋が入った丸瓦(中央下)などが並ぶ

 戦国武将の細川忠興が1602年に築城した小倉城の石垣に、内側に緩くカーブさせて積むことで強度を保つ「輪取り」と呼ばれる工法が用いられていることが、北九州市による石垣の構造調査で初めて明らかになった。小倉城の天守閣は1959年に鉄筋コンクリートで再建されたが、石垣は築城当時の状態をとどめているとされる。

 調査は今年2月末~3月中旬まで実施。最新の測量機器「3Dレーザースキャナ」とドローンで、石垣をさまざまな角度から計測した。石垣を横から輪切りにして上から見た際、天守閣の直下部分は内側に向かって弧を描いていた。

 調査を担当した市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室の佐藤浩司室長は「天守閣の荷重を内側に分散させる工夫では」と話す。同様の工法は、黒田官兵衛(如水)が築いた大分県の中津城でも採用されているという。

 同調査室は石垣東側の本格的な立面図も初めて作成。石の一つ一つを図面に落とし込み、地震で石垣が崩壊した際に復旧作業に役立てる。

■出土の瓦や木材紹介 市埋文センター

 北九州市は小倉城石垣の測量と同時に、内堀の水を抜いて発掘調査を実施した。堆積した土砂の中から、江戸時代後期の火災で天守閣が焼失した際、堀に落下したとみられる木材や瓦を発見しており、小倉北区金田1丁目の市立埋蔵文化財センターで出土品など約60点を紹介している。市は25日、調査の成果を紹介する講演会を開催する。

 市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室によると、内堀からは床材や柱材とみられる木材が、破片も含めて400~500点出土。多くは焼け焦げていた。小倉藩の大庄屋を務めた中村平左衛門の日記には、1837年、城内で出火し天守閣が焼け落ちたと記述があり、調査室の佐藤浩司室長は「記録を裏付ける貴重な発見」と位置付ける。

 瓦は火災時の城主小笠原家の家紋「三階菱」のほか、城を築いた細川家の家紋「九曜」が入ったものが見つかった。鉄くぎや陶片も出土している。展示は4月21日まで。入場無料。

 講演会は25日午後1時から、小倉北区の北九州芸術劇場で。城郭考古学者の千田嘉博氏、市文化財保護審議会の永尾正剛委員長、佐藤室長の3人が登壇する。無料。問い合わせは市文化企画課=093(582)2391。

=2018/11/22付 西日本新聞朝刊=

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