【日日是好日】スケッチブックの落とし物 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 11月のある日、異様な雰囲気に気づき本堂前に出てみました。すると、制帽制服姿の小学生およそ100人が、あちこちで静かにメモを取っておりました。驚いて、添乗員の男性に「どちらからお越しですか」と尋ねると、「横浜からで、慶應大学の小学生です。珍しいでしょ」との答えが返ってきました。

 私はもっと驚きました。「私はこの寺の住職です。慶應の幼稚舎の方々とは長年お付き合いをさせていただいておりますが、こちらにお越しの際は必ずご一報いただき、私が対応をさせていただいております。今回はなぜご連絡をくださらなかったのでしょうか」と男性に申し上げました。

 ここは景色も建物も全て仏。そのことを直接、子供たちに丁寧に語りかけたいと思っています。博物館とは違う学びがあり、必ず子どもたちに響くはずです。

 今回の小学生たちの滞在時間は数十分。それでいったい何を理解させようとしているのか…。子どもたちが貴重な時間をむなしく過ごしてしまったことに、私は住職として大変腹立たしく、悲しくなりました。

 添乗員の男性は、ハッとした顔をされ、今回はすべて自分の企画で、状況判断に不備があったと私にわびを言われました。

 その後、慶應幼稚舎の先生にご連絡すると、こちらに来られた子どもたちは、近年新設された慶應義塾横浜初等部の6年生の修学旅行だと分かりました。この修学旅行は初めての試みだったそうです。幼稚舎の先生から、横浜初等部の先生につないでいただき、直接お話しさせていただきました。今回子どもたちと触れ合えなかったことから、もし次の機会があるならば、直接対話させてほしいとお伝えしました。

 翌朝、境内を掃除していて見晴台の下の谷に白いものが落ちているのを見つけました。降りて拾ってみると小さなスケッチブックでした。その表紙には「慶應横浜初等部六年ナナ・サクマ 2018年修学旅行」と書いてありました。

 そのスケッチブックを開くと、見晴台から見た景色が鉛筆で描かれていました。きっと、一生懸命描いているうちに手を滑らせ落としてしまったのでしょう。早速、横浜初等部へそのスケッチブックと数冊の本、そして手紙を添えて送って差し上げました。

 手紙にはこう書きました。「貴女(あなた)はとても優しい人ですね。きっと仏様が、優しい貴女とご縁を結びたくて、貴女のスケッチブックを欲しがったのでしょう。私は、今回あなた方と直接お会いできなくて残念でしたが、貴女が落とし物をしてくださったおかげで、お手紙を書かせていただけたことをとてもうれしく思います。また是非お越しください」

 仏様だけではなく、耶馬渓を愛した福沢諭吉さんも、子どもたちとの再会を実現できるよう、ご縁を導いてくださったようで、やるせなかった私の気持ちが一気に晴れやかになり、彼らとの再会が待ち遠しくなりました。

【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2018/12/09付 西日本新聞朝刊=

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