「100万台構想の恩人」 経費削減など大なた ゴーン容疑者逮捕1ヵ月

西日本新聞

 日産自動車前会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)逮捕から19日で1カ月。かつて経営危機に陥った日産の再建に大なたを振るったゴーン容疑者だが、アジア市場の可能性を見据え福岡県苅田町の九州工場(現日産自動車九州)を重視。九州が自動車の一大生産拠点の地位を確立する一翼を担った。九州の関係者は功績を振り返りつつ、早期の事態収拾を願っている。

 日産が苅田町で生産を開始したのは1975年。「ダットサントラック」「サニー」など、時代を代表する車種を生産してきた。

 99年にゴーン容疑者が日産の最高執行責任者に就任すると、工場閉鎖や従業員約2万1千人の削減を柱とする再建計画「リバイバルプラン」を打ち出す。九州はエンジン生産は打ち切ったものの、組立工場として残った。2003年に九州を訪れたゴーン容疑者は「九州は日産の国内最大の主要拠点で、アジアの拠点工場になる」と強調した。

 「豪腕」「独裁者」のイメージが強いが、ゴーン容疑者を知る元日産九州幹部は「日産社内ではそう思われていなかった」と明かす。日産をV字回復に導いたリバイバルプランは部署横断チームを立ち上げ、社員自身が課題を洗い出して積み上げたという。「不振の原因だった社内の『たこつぼ文化』を変えたのはゴーン氏の功績」と話す。

 一方で、徹底的なコスト削減は九州の下請けにも及んだ。納入部品代の2割カットを求められた福岡県内の部品メーカー経営者は「3人でしていた作業を2人でできるようにするなど必死で生産性を上げた。日産がなくなれば、自分たちの仕事も全て失ったかもしれないから」と振り返る。

 「北部九州自動車100万台生産拠点構想」を掲げた麻生渡前福岡県知事は、ゴーン容疑者の印象を「迫力があり、物事の考え方は合理的。仕事の鬼だった」と語る。県は港湾整備など日産の生産拡大を後押し。06年度にトヨタ、ダイハツの拠点を合わせ100万台を達成した。「ゴーンさんは恩人」と言い切る。

 08年のリーマン・ショック後は約千人の派遣社員を雇い止めにするなど、日産九州も世界経済の荒波にもまれた。一方、12年からは日韓両国のナンバーをつけたトレーラーで部品を積み替え無しで輸入するなど、地の利を生かしたコスト削減を重ね、今も九州で日産の国内生産の6割を担う。

 ゴーン容疑者の逮捕から1カ月たつ今も後任の会長が決まらない現状に、従業員や顧客からは「早く社内の体制を立て直して」との声が上がる。それでも、日産九州のある従業員は「悲観する雰囲気はない。これまでも危機を乗り越えてきたから」と前を向く。

=2018/12/19付 西日本新聞朝刊=

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