新聞広告カラー化への変遷 昭和の世相反映30点を展示 中津市・南部まちなみ交流館

西日本新聞

 昭和30年代後半から40年代前半、モノクロからカラーへと移り変わっていくサントリーの新聞広告を集めた「懐かしき昭和の新聞広告展」が、中津市諸町の南部まちなみ交流館で開かれている。同館運営協議会顧問で、東京の広告代理店に勤務していた小野維平さん(82)=同市古金谷=が自ら関わった広告や収集した約30点を展示している。23日まで。入場無料。

 小野さんによると、昭和30年代までの新聞広告はモノクロ。39年の東京五輪以降、カラーテレビの普及に歩調を合わせるように、競争相手の新聞広告もカラー化していった。まず全国紙が赤や青などの単色広告、カラー化を推し進め、負けじと地方紙にも広がったという。

 当時、小野さんはサントリーを担当。ビールの拡販を目指していた同社はカラー化に合わせ、ビール広告のイメージカラーを緑から、若さや爽快感を想起するブルーに変更。全面カラー広告の迫力、臨場感はモノクロ時代とは比べものにならず「カラー化で新聞広告の価値が再評価されるようになった」と話す。

 当時の新聞広告は、生活様式や価値観が急激に変わっていった高度経済成長期の日本の映し鏡でもある。小野さんは「当時の人々の息づかいを感じてもらえばうれしい」と話す。開館時間は午前9時~午後6時。同館=0979(23)6070。

=2018/12/23付 西日本新聞朝刊=

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