被爆体験者訴訟 戦禍に向き合う姿勢こそ

西日本新聞

 指定被爆地域から外れた場所で長崎原爆に遭遇した「被爆体験者」と呼ばれる人たちに今月、再び厳しい判決が下された。

 被爆者援護法に基づく被爆者だと認定するよう、長崎県と長崎市に被爆体験者が求めた第2陣訴訟の控訴審で、福岡高裁は原告一部勝訴の一審判決を取り消し、全員の請求を退けた。

 最高裁が昨年、第1陣訴訟で示した判決に沿う内容だ。1、2陣の原告計540人余が涙をのむ結果となった。2陣原告は先週、上告手続きをとった。

 平成も幕を閉じる。今なお先の大戦を巡る訴訟が続く意味を、改めて考えなければならないだろう。被爆者援護法は気高い前文を掲げている。

 〈原子爆弾という比類のない破壊兵器は、幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず、一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない傷痕と後遺症を残した〉〈放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、国の責任において援護対策を講じる〉

 にもかかわらず、国は救済対象を狭く捉えようとした。それを司法が広げようとした。援護対策の歴史は、大きくはその繰り返しだった。

 重い扉を開けたとされるのは長崎原爆・松谷訴訟である。最高裁は2000年、被爆者の松谷英子さんに対する、国の原爆症認定申請却下処分を取り消した。国が認定条件として固執する被ばく線量の推定方式について「未解明な部分を含む」として機械的な適用を戒めた。

 それ以後、救済策は改善されてきた。長崎市などの要請で生まれた「体験者」制度も、その一つだ。医療費を原則自己負担せずに済む被爆者には当たらないが、精神疾患とその合併症に医療給付を行う仕組みだ。

 原爆症の認定を巡り政府の検討会は13年、こんな報告書をまとめた。〈行政認定が過度に厳格な運用となっているのに対し、司法判断は被爆者援護法を踏まえて救済の観点から総合的に考慮している。その隔たりを埋める努力が必要である〉

 元々、長崎の被爆地域の線引きに科学的根拠はない。「体験者」訴訟の原告の1人は国の指定地域から約1キロ離れた所で被爆し、肝炎や下血などの症状で入退院を繰り返してきた。福岡高裁判決は救済策拡大の流れに照らせば、違和感が残る。

 存命する被爆者15万人余の平均年齢は82歳という。「体験者」にとっても訴えは時間との闘いだ。行政の独自判断で救済策を厚くすることも可能だろう。何より大事なのは、国策の末に甚大な戦禍に遭った人々に、社会全体で寄り添う姿勢である。

=2018/12/26付 西日本新聞朝刊=

PR

社説 アクセスランキング

PR

注目のテーマ