混沌の時代 失った「背骨」取り戻そう

西日本新聞

■平成 その先へ■

 昭和の時代、とりわけ戦後の約44年間は、日本社会の「背骨」がしっかりと形成されていった時代でした。

 戦後復興に始まり、高度経済成長が進んだ。それに伴い、政・官・財が一体となった日本独自の「戦後システム」が生まれた。

 平成はどうでしょう。

 バブル経済に浮かれていた序盤に、不意打ちのように「戦後最悪の不況」に突き落とされ、長引く国民生活の苦境は「失われた20年」と呼ばれました。

 実力以上に膨れ上がった経済の破綻は、日本人に価値観の修正さえ迫ったと言えるでしょう。さまざまな仕組みは、実態と齟齬(そご)をきたす制度疲労に見舞われました。

 社会は背骨を失い、混沌(こんとん)の迷路に入ってしまいました。

▼ゴーン事件が映す日本

 そのことを象徴する出来事の最たるものが、日産自動車会長だったカルロス・ゴーン容疑者が東京地検特捜部に逮捕された事件でしょう。日産自動車九州(福岡県苅田町)にも衝撃が走りました。

 自動車業界で世界トップクラスに成長していた日産は平成10年代に入った1990年代末、あっという間に経営危機に陥りました。

 当時、いわゆる「護送船団方式」で守られた山一証券など金融機関が続々と破綻し、失業率は戦後最悪を更新しました。日産は「成長神話」に基づく経営の判断ミスなどが続いたと指摘されます。

 仏ルノー社と提携した日産は、ゴーン容疑者の豪腕で経営がV字回復した後、両社の主導権争いが徐々に表面化しました。背景には、年功序列など日本型経営がことごとく否定されたことへの日産の巻き返しがあるとされます。

 事件では、もう一つ特筆すべきことがありました。日本で導入されたばかりの「司法取引」に基づく捜査です。他人の犯罪を明らかにする見返りに自らの刑の減軽を図る欧米に多い制度です。密告とも言える手法が日本人に違和感なく受け入れられるか、どうか。

 事件とは別に昨年来、ものづくりの誇りを忘れたかのように、製品の品質に関連する不正が大手製造業で相次いで発覚しました。新興国の台頭などへの焦りも要因でしょう。日本はいや応なく変化への対応を迫られています。

▼外国人迎える覚悟こそ

 さらに、少子高齢化の波が目に見える形で押し寄せました。経済の担い手が不足し、高齢層を支えきれなくなることを意味します。社会の構造が変わる事態です。

 今秋の臨時国会で、外国人労働者の受け入れを拡大する法改正が、拙速ながら成立しました。「移民」が支える国家はつくらない-そんな政府の基本姿勢を揺るがす時代に入ったのです。

 平成元(1989)年の入管難民法改正以降、日本で暮らす外国人は年々増え、263万人余に上ります。コンビニや工場などで働く風景は日常になりました。

 外国人労働者の実態に迫る本紙キャンペーン「新 移民時代」が始まったのは一昨年12月でした。

 きっかけは、福岡市にネパール人の若者が身を寄せて暮らす「国際通り」という一角がある、と記者が耳にしたことです。

 取材班によれば、遠くない将来、外国人を受け入れるかどうかでなく、日本に来てくれるかどうかが焦点になる、と言います。

 発展途上国の若者は先進国を目指し、世界各地で人材争奪戦が過熱しています。国際競争はものづくりの技術だけではないのです。

 彼らを「使い捨て」の労働力などと見るのは、不遜極まりない考えです。愛する家族がいて、生活をかけて働く生身の人間です。一緒に生きる覚悟がなければ日本は立ちゆかなくなるのです。

▼災害の活性期の教訓を

 自然災害の活性期と重なったとされる平成の顔も、改めて心に刻む必要があります。

 天皇陛下は今月、85歳の誕生日に際した記者会見で、この1年について「例年にも増して多かった災害のことは忘れられません」と述べられました。

 即位後初めて訪問された被災地は、長崎県の雲仙・普賢岳の噴火災害現場でした。その後も九州は地震、豪雨など数々の災害を経験しました。

 その中で、多くの市民が自発的に復旧・復興を支える動きが定着したのも平成の特徴です。大変革の時代に立ち向かう日本社会の「背骨」を取り戻すヒントの一つとしながら、教訓を来年以降に伝えていかなければなりません。

=2018/12/31付 西日本新聞朝刊=