遅咲きルーキー活躍誓う ホークス入団の奥村政稔投手 中津市長訪問「妻に1軍での雄姿を」

西日本新聞

奥塚正典市長に福岡ソフトバンクホークス入団を報告する奥村政稔選手と妻の美月さん 拡大

奥塚正典市長に福岡ソフトバンクホークス入団を報告する奥村政稔選手と妻の美月さん

 今春、福岡ソフトバンクホークスにドラフト7位で入団する中津市出身の奥村政稔投手(26)が妻の美月さん(26)とともに奥塚正典市長を訪ね、プロでの活躍を誓った。諦めずに追いかけ続け、夫婦で切り開いたプロの道。2歳の長男がいる「遅咲きのルーキー」は1軍での雄姿を家族に必ず見せると、静かに闘志を燃やしている。

 奥村投手は同市永添出身。鶴居小3年から野球を始め、旧中津商業(現中津東高)進学。「野球部に入ってすぐの遠投で才能を直感した」と恒成徳二郎元監督(68)は振り返る。期待通りエースとして活躍し、最速147キロの球速は注目を集めたが、九州国際大(北九州市)に進学。2年時に中退後は三菱重工長崎(長崎)に入り、社会人野球からプロを目指した。

 武器は最速154キロのストレート。2年目のドラフトでは10球団が関心を寄せたものの、指名には至らず、その後も声は掛からなかった。くじけそうになる自分を支えてくれたのは、2015年1月に結婚した美月さんだった。

 「来年はいけるよ」「切り替えよう」と力づけてくれる時があれば、「見る目がないと球団を批判してはダメ」「足りない部分があるということなんだから努力しなきゃ」と尻をたたかれたことも。野球を続けられたのは妻の激励のおかげだった。

 17年のドラフトでも指名されず、区切りを付けようと思い定めた奥村投手は、所属チームの監督に「18年も声が掛からなければ引退する」と報告。父親の英行さん(54)は中津で就職先を探し始めていた。

 そんな中で行われた昨年11月のドラフト会議。息子の指名を受け、英行さんは「17年で終わったと思っていた。感無量です」と目頭を押さえる。恒成元監督は「教え子唯一のプロ野球選手。こんなうれしいことはない。力を出し切れ」とエールを送る。

 昨年12月27日、市役所に奥塚市長を訪ねた奥村投手は「けがをしない体も武器。1軍のマウンドで毎日でも投げられる中継ぎになり、妻や長男に活躍する姿をみせたい」と意気込みを語った。奥塚市長は「市民挙げて応援したい」と激励していた。

=2019/01/08付 西日本新聞朝刊=

大分県の天気予報

PR

PR

注目のテーマ