元徴用工韓国人3人に被爆者手帳 長崎市に交付命令 地裁判決
戦時中に三菱重工業長崎造船所(長崎市)に徴用され長崎原爆に遭ったとして、韓国人男性3人が長崎市と国に被爆者健康手帳の交付などを求めた訴訟で、長崎地裁(武田瑞佳裁判長)は8日、3人を被爆者として認め、手帳交付を命じる判決を言い渡した。
3人は韓国に住む李寛模(イグァンモ)さん(96)、金成洙(キムソンス)さん(93)、ペ漢燮(ハンソプ)さん(92)。訴状などによると、1943~44年に徴用され、原爆投下の45年8月9日、同市内の寄宿舎や防空壕(ごう)で被爆したとして、2015年に手帳交付を申請したが、被爆地域にいた事実が確認できないとして却下された。
手帳交付は、本人証言に基づき認められる場合もあるが、原則として第三者の証人2人以上が必要。
市側は「3人の証言は信ぴょう性に疑問があり、被爆を裏付ける証拠もない」と主張したが、武田裁判長は、原爆投下から70年以上が経過し、直接的な裏付け証拠がなかったり、本人の記憶が減退したりしていても不自然ではないと指摘。「証言の中核部分は信用できる」とした。精神的損害に対する賠償請求については「市は必要な審査を行っている」として棄却した。
3人は、長崎地方法務局が朝鮮半島出身労働者とみられる約3400人分の名簿を廃棄したことで、被爆者の証明手段が失われたとも主張したが、武田裁判長は「原告の氏名が記載されていたかどうか不明」とした。
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本人証言の信用性を積極認定
「一生涯でこれほどうれしいことはない」。韓国・釜山で判決を待った原告の一人、金成洙さん(93)は支援者が長崎地裁前からの電話で「勝訴」を伝えるとこう声を震わせ喜んだ。
原爆投下から73年。在外被爆者を含め、被爆者健康手帳の交付に原則必要な「家族を除く第三者2人の証言」のハードルは年々高くなり、訴訟では本人証言の信用性が争点となった。
長崎市は在職証明など関係資料を調査したが「被爆事実を確認できなかった」として申請を却下。訴訟でも「原告の証言は当時の状況と整合しない内容がある」と疑問を投げ掛けた。
しかし、判決は時の経過により「関係者が死亡したり、証拠が散逸したりすることも十分あり得る」と指摘。被爆に至る状況や仕事内容に関する証言について「相当程度、具体的」と判断し、信用性を積極的に認定した。
原告側の中鋪美香弁護士は記者会見で「裏付けの難しさを裁判所は理解してくれた」。広島大の田村和之名誉教授(行政法)は現在の長崎市の対応を「“切り捨てる審査”になっていないか」とし、地裁判決が柔軟な被爆者認定につながることへの期待感を示した。
認定審査を巡り市援護課は「難しくなってきている」と認めるが、田上富久市長は「判決の詳細を確認した上で今後の対応は検討する」とコメントするにとどめた。
=2019/01/09付 西日本新聞朝刊=





















