モマ笛の未来救った「デザイン力」 津屋崎人形の販路開拓 福岡市の中庭さん

西日本新聞

 福岡県福津市の津屋崎地区で江戸時代から作られてきた「津屋崎人形」が、いま再び注目を集めている。節句人形などの需要が低迷し、一時は存続の危機にあった。再起のきっかけとなったのは、福岡市のデザイナー中庭日出海さん(37)の「デザイン力」。どんな仕掛けで魅力を発信したのだろうか。

買う人との「接点」をつくる

 津屋崎人形は、子どもや歌舞伎などをモチーフとした色鮮やかな素焼きの人形。この40~50年で工房が6軒から2軒に減り、一方の人形師(81)は「自分の代で終わり」と決めている。危機感を抱いた福津市の仲介で、中庭さんは2015年、「筑前津屋崎人形巧房」の7代目人形師・原田誠さん(66)と販路開拓に乗り出した。

 中庭さんは、最先端のデザイン雑貨が集まる見本市「アクティブクリエイターズ」(16年・東京)に出展するため、一つの新商品を考案した。被せボタンのような丸いブローチ「津屋崎ピンズ」。人形作りと同じ材料、同じ技術で作製する。直径2・4センチのカーブした表面に模様を描くことで、高い技術をアピールできる。模様は、人形の着物によく用いられる亀甲やトンボなどを描いている。商売繁盛や子どもの成長などを願う縁起の良い柄だ。中庭さんは「消費者が意味を感じて買えるように、ブローチを着けて『縁起を身にまとう』というコンセプトにした」と語る。

 ピンズを「入り口」に、津屋崎人形をもっと知ってもらいたい―。その狙い通り、若い女性らが服やバッグに着ける人気商品に。中庭さんがデザインしたのは、郷土文化と次世代との「接点」だった。

変化した「売り方」「見せ方」

 ピンズが売れたことで、原田さんの意識にもある変化が起きた。

 津屋崎人形の主力商品は「モマ笛」。息を吹き込むと「ホーホー」とフクロウ(方言で「モマ」)が鳴くような音がする土笛だ。原田さんは「子どもがワンコインで買えるように」という先代の思いを受け継ぎ、1個500円で売っていた。原価計算などしたことがなかったという。中庭さんは、「安すぎる」と感じていた。

 モマ笛は「たい焼き」のように、2枚の型に練った土を詰めて貼り合わせ、つなぎ目を削って作る。ひびが入らないように1週間ほど自然乾燥させ、釜で半日焼き、何色も塗り重ねて完成。これに対しピンズは、単純な円形で2色の模様。それなのに1個1500円で売れた。初めはモマ笛の値上げには抵抗感があった原田さんだが、「ピンズよりはるかに手間と時間がかかるんだから、もっと高くしていいんだ」と腑に落ちたという。実際、段階的に1200円まで上げしても売れ続けている。

 意識が変わった原田さんは、商品の「売り方」や「見せ方」の重要性も理解するようになった。

 人形師一筋の原田さんは、売り方には無頓着だった。工房を手伝う妻・千恵さん(60)も「在庫管理なんて意識したことがなかった」と振り返る。工房での対面販売が中心で、人形が完成した時が納期。注文から数カ月待ちは当たり前だった。それを見直し、計画的に製作して雑貨店やインターネットでも販売するようにした。ネットでの情報発信は長男の翔平さん(28)が担当。そうすることで不要な問い合わせが減り、製作に集中できるようになった。

 さらに中庭さんは、工房のロゴをデザインして商品箱や紙袋を作った。「以前はスーパーみたいにビニール袋に入れて渡していたけど『見せ方』も大事だと気づいた」(千恵さん)。小さな人形にもロゴを刻印することで、何年たってもロゴを手がかりに工房を探せるようにした。「売ったら終わり」ではなく、何世代にもわたって津屋崎人形との「接点」を持ち続けてもらう仕掛けだ。こうした取り組みで、将来の展望が開けた翔平さんは、公務員を辞めて8代目人形師となった。

デザイナーの仕事とは

 津屋崎人形の他にも中庭さんは、さまざまな郷土文化の再生に関わってきた。そこには、どんなこだわりがあるのか。

 中庭さんの答えは意外なものだった。「郷土文化こだわっているわけじゃない。そういう依頼が多いだけ」。商品開発やブランディング、建物、空間など、あらゆる分野のデザインを手掛けてきた。「自分に何が向いているかは、人が発見してくれるものだと思います」。どんな依頼が来ても、ひとまず話を聞いてみる。デザインを介して「コミュニケーションをつくる」ことが、自分の仕事だと思っている。

【動画あり】「ごん太」謎のブーム 明治に誕生「一周回って新しい」 津屋崎人形の存続危機救う


=2019/01/14 西日本新聞=

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