候補者はこんな人

西日本新聞

永田浩一氏(53) 拡大

永田浩一氏(53)

北橋健治氏(65) 秋武政道氏(58)

 27日投票の北九州市長選には、新人で共産党県委員会常任委員の永田浩一氏(53)=共産推薦、4選を目指す現職の北橋健治氏(65)、新人で門司区の水産加工会社社長の秋武政道氏(58)がいずれも無所属で立候補し、街の未来を巡って論戦を繰り広げている。3人の横顔や経歴を紹介する。 (上から届け出順)

永田 浩一氏(53) 信条は「オネスティ」

 政治信条に掲げるのは「オネスティ(正直、誠実さ)」。中学1年のとき、レコード盤がすり切れるほど熱中した米国人歌手のビリー・ジョエルのバラード曲から取った。

 久留米市で生まれ、2歳のときに父親の実家があった佐賀に移り住んだ。北九州市には、北九州大(現北九州市立大)の外国語学部入学を機に移り住んだ。「人に関わる仕事を」と、大好きな英語の教師を目指していた。

 北九州市の第一印象は「真っ黒」だったという。大学入試のためJR鹿児島線の列車で移動中、車窓から見えた当時の八幡製鉄所。降りしきる白い雪と黒い建物のコントラストに「これが鉄の街か」と心底実感した。

 入学後、同級生たちが平和運動や労働運動に取り組む姿を目の当たりにした。体験したことのない光景に「新鮮」な衝撃が走ったという。人生の転機が訪れた。現在福岡市議を務める大学の先輩の勧めで卒業後、共産党の専従職員に。これまで、機関誌「しんぶん赤旗」の管理部門や選挙対策などを経験してきた。

 趣味は山歩き。市長選を山に例えると「頑張って登れば登り切れる」。

北橋 健治氏(65) 妻の厳しい助言糧に

 「勤勉で実直な人たちが作った、本当に生活しやすい街です」。1901年操業の官営八幡製鉄所からの歴史を踏まえ、街の気風を最近よくこう表現する。

 政界再編を夢見て20代で政治活動を始め、衆院選立候補のため北九州に移り住み33年弱。市長に初当選して3期12年。「自分一代で(市政は)完結するものではない」と勇退を促す妻真弓さん(68)に「もう一期目をつぶってくれないか」と4選立候補を説得した。

 市政報告会で必ず口にするのが「持続可能な開発目標(SDGs)」の推進だ。国内外からモデル都市に選ばれ、その追求を通じた市のイメージ、生活環境の向上が自身の「ラストミッション」と位置付ける。ただ「(分かりにくい)片仮名を前面に出すのは心配だ」と、職員が直言しづらい助言が妻からあった。

 土日の公務も多いが「書くことが気分転換になる」と、昔の国内外の旅行記をまとめ直している。ストーリーに温かみ、人間性への信頼感があると感じ、自宅では宮崎駿氏などの映画を楽しむ。最近好んで口にする酒は、胃に優しいと聞いた芋焼酎。街の気風を原動力に「オール北九州で4期目を担いたい」と訴える。

秋武 政道氏(58) 「自分で変える」実践

 悩んだ末に、市長選への立候補を決断した。4選を目指す現職に対する批判票の受け皿を目指す。

 20年近く前から、バナナのたたき売りをPRする「バナナマン」に扮(ふん)して活躍するなど、街づくり活動に携わってきた。「北九州市を変えたいのなら、自分で」。活動を通じて出会った人たちに支えられながら、選挙戦は自転車で街を回るつもりだ。

 政治経験はゼロ。自らの名に「政」の字が入っていることから、政治の世界には興味を持ち続けていたという。「選挙は多くのお金、大きな力でやるのが当たり前ではない」と強調。「市民から市長になりたい、という人の先駆けになれれば」と力を込める。

 趣味は神社巡りと、郷土史、古代史の探求。市内の神社は、ほぼ回りきったという。還暦を控え、自分に何ができるかを自問した。今ある北九州市という街が「どうやって形作られてきたのか、探り直したい」と勉強を始めた。

 好きな言葉は「実践」。妻久美さん(56)と3人の娘の5人家族。現在、娘2人は台湾に留学中だ。出馬を妻に伝えると、最初は驚きを隠さなかったが「やる以上は頑張れ」と背中を押された。

=2019/01/15付 西日本新聞朝刊=

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