「1日3時間労働」叫び続け…脱線55歳、過労42歳が共闘

西日本新聞

労働時間短縮の必要性を街頭で訴えるフリーターユニオン福岡の上村陽一郎さん(左)と丸田弘篤さん 拡大

労働時間短縮の必要性を街頭で訴えるフリーターユニオン福岡の上村陽一郎さん(左)と丸田弘篤さん

「私」事典“ワタシペディア” 平成の終わりに(4)

 「今こそ労働時間の短縮と賃上げが必要です!」

 福岡・天神の街中に拡声器の濁った声が響く。クリスマスの華やぎ、「10億円」をアピールする宝くじ売り場。働き方改革、という言葉がこれほど叫ばれた年の瀬も、ふだん通りの光景だ。2人の男の叫びに、耳を傾ける人は少ない。労働組合「フリーターユニオン福岡」に携わる2人は今、組合活動の傍らで「怠ける権利」という思想を学ぶ。

 いい大学に入り、いい会社に就職し、定年まで勤める。フリーター上村陽一郎さん(55)が「社会のレール」から外れたのは約30年前。九州大で哲学を学び、研究者を志したが、論文を仕上げられずに大学院を除籍された。「レールに乗るつもりなら、もっと就職しやすい学科を選んでいた。僕はレールにこだわらない生き方をしたかった」。背中を丸め、伏し目がちに振り返る。

 バブル景気絶頂の1980年代後半。「仕事はいつでも見つかる」と塾講師のアルバイトで食いつないだが、結核を患って辞めた。療養を終えた30代後半は就職氷河期まっただ中。職は見つからなかった。

 そのまま実家に10年ほど引きこもった。会社員の親には干渉されず、住まいも食事も困らない。ただ、将来のことは不安で考えないようになった。50歳になるころ、弟の紹介でIT関連会社に就職した。初の会社勤めだったが仕事についていけず、5年で辞めた。

 生きるためには働かなければならない。でも、職が見つからない人、なじめない人もいる。「就職して家のローンや子どもを抱えれば、縛られるだけ。競争から下りる人生にも、何かの意味はあると思う」

 拡声器で声を張り上げる丸田弘篤さん(42)は、上村さんとは逆に、働きすぎて、体を壊した。

 勤めていた介護会社が人手不足で、激務の「主任」に。ホームヘルパーとして介護先を回りながら、副業の行政書士の仕事もこなした。ダブルワークを3年続けたある朝、起き上がれなくなった。診断名はうつ病、睡眠障害。2カ月休職し、傷病手当をもらった。「正社員になれないと人生終わりという価値観がある。でも、心身を病んでまでも働く意味って何でしょう」。現在は復職し、週3日の出勤で書類仕事をこなす。

 2人が学ぶ「怠ける権利」はフランスの社会主義者ポール・ラファルグが提唱した。〈過剰労働はモノを過剰生産する。そうすれば物価も企業収益も下がり、恐慌と貧困を招く。1日3時間以上、働くべきではない〉。19世紀の思想は、過労死が社会問題となり、働くことに疲れた現代人にも労働の意味を問い掛ける。

 格差社会が鮮明となった時代を締めくくる冬。世の中が簡単に受け入れてくれる主張とは思っていないが、寒風吹きすさぶ街頭で2人は声をそろえる。「働かなくてもいい。そう叫ぶ人がいれば、救われる人もいるでしょう」。2人が配るポケットティッシュに書かれた言葉は「法定労働時間が1日3時間、週15時間の社会に」。冷たい風は、吹きやまない。

【メモ】変わる仕事の価値観

 栄養ドリンクのCMで「24時間戦えますか」のフレーズが登場したのは平成元年。間もなくバブル経済は崩壊し、大規模な就職難時代が始まった。企業はリストラの一環で正社員採用を抑制し、就職できない高校、大学新卒者があふれ、「就職氷河期」と呼ばれた。雇用情勢は2005年ごろ、団塊世代の定年退職や輸出産業の好転で持ち直したが08年のリーマン・ショックなどで再び深刻化。14年ごろからは緩やかな景気回復を背景に改善している。

 フリーターや派遣などの非正規労働者が増え、所得格差は拡大。国税庁の調査によると、年収200万円以下の働く貧困層(ワーキングプア)は17年に約1085万人に達している。

 近い将来、日本の労働人口の49%が人工知能(AI)やロボットに置き換わるとの予測もある。仕事への価値観が変革し、「1日3時間労働」が実現する時代は来るのだろうか。

=2019/01/05付 西日本新聞朝刊=

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