「人生の2分だけください」高2客引き、コミュ力磨く

西日本新聞

元日の夜、人通りもまばらな街頭に立つキャッチの奏君=1日、福岡市・天神 拡大

元日の夜、人通りもまばらな街頭に立つキャッチの奏君=1日、福岡市・天神

「私」事典“ワタシペディア” 平成の終わりに(5)

 「人生の2分だけください」。高校2年のキャッチ、奏(かなで)君(18)=仮名=は、この決めぜりふで客の足を止めさせる。笑ってくれたら、こっちの勝ちだ。

 キャッチと呼ばれる客引きのアルバイトは、完全歩合制の実力社会。提携する居酒屋に客を紹介すると、会計の1~2割が懐に入る。「10代で月50万円を稼ぐことも夢じゃないし、人生に最も必要なコミュ力(コミュニケーション能力)を高めたくてやってる」

 深夜、福岡市・天神の繁華街。彼の手には店のチラシ、耳には店の空き状況を尋ねるイヤホンマイク。さらさらの金髪に黒いピアス、あっさりイケメンの「塩顔男子」は、客のタイプによって臨機応変に口調を変える。急ぎ足のサラリーマンには単刀直入に「居酒屋お探しですか?」。「質が良い」「個人店」「なのに安い」など大人が食いつきそうなフレーズを短時間にちりばめる。同年代の若者なら、友達のようなノリで話しかけ、「面白いヤツ」と自分に興味を持たせることに徹する。

 中学時代、母親の交際相手から暴力を受けた。精神的に追い詰められ、今も大人の男性がトラウマだ。15歳のとき、母親が逮捕され、1人暮らしに。進学クラスに籍を置いた高校も中退した波瀾(はらん)万丈の半生。「母親なんて死ねばいいのに」。目が見えない捨て猫と身を寄せ、泣いた。

 でも数カ月後に戻ってきた母親は、再起を目指し懸命に働いた。その背中を見て、高校にも入り直した。自分の生き方を見つめ直す中で、勉強よりも大事なことがある、と思うようになった。「世の中は何かを作って、人を集めて、買ってもらい、また何を作るか考えることで回ってる」。良質な物を作っても、人を集める力がないと売れない。そのためには「コミュ力が欠かせない」。だからキャッチを始めた。年が近い大学生を見ていると、いら立ちが募る。「起きて大学行って、遊んで、バイトして寝る。そんなんじゃ夢なんて見つからない。夢がないならとりあえずコミュ力磨けよって思う」

 昨春から、未成年も参加できる数百人規模のクラブイベントを主催している。会場代やゲストDJへの謝礼など50万円かかったが収支はとんとん。それでも、スタッフ約20人を束ね、客を集める自分の姿に、参加する同年代の大学生たちが刺激され、行動を起こす大事さに気付いてくれればと思う。キャッチの稼ぎは多くて月20万円。家賃や光熱費、スマートフォン代以外はイベントに充てる貧乏生活だ。食費を削り、8キロも痩せた。「育ててくれた母親のありがたみも分かった。一度の過ちで恩がなくなるわけじゃないな」

 将来の夢は社長になること。尊敬する先輩の「行動で示せば、自然と言葉に重みが出て、人も寄り付いてくる」という言葉が支えだ。社長なんてなれっこないと言う大人もいるが、過酷な10代を経て、野心を抱き行動する自分は夢に近づいていると信じている。

 「コミュ力って、誰かの人生さえも変えられると思う。まずは、福岡一を目指す」

【メモ】生きやすさ直結の力

 学校や仕事、家庭など社会のあらゆる場面で他者とうまく意思疎通を図ることができるコミュニケーション能力(コミュ力)は、特に若い世代が最重視する力となった。コミュ力の有無は生きやすさにも直結し、啓発本や講座も続々登場した。

 経団連の新卒者採用に関する企業アンケート(2018年度)によると、選考で特に重視した点(複数回答)の1位は「コミュニケーション能力」(82.4%)。2位の「主体性」(64.3%)、3位の「チャレンジ精神」(48.9%)などを上回った。03年度に「チャレンジ精神」を逆転して以来16年連続1位だ。

 日常の雑談などが苦手な人をやゆする「コミュ障」という言葉もインターネットを中心に広まった。平成の先の時代では「コミュ力よりも、主体性とチャレンジ精神が大事」とされる揺り戻しがあるのだろうか。

=2019/01/06付 西日本新聞朝刊=

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