大正時代に故郷を出て東京…

西日本新聞

 大正時代に故郷を出て東京、米国で学び、昭和にかけて内外で自分の世界を広げた明治生まれの九州男児が、スポーツ黎明(れいめい)期の日本にいた

▼柔道がめっぽう強かった。走るのも速く、剣道、テニス、サッカー、ラグビー、野球、水泳などもやった。アメリカンフットボールを日本に初めて紹介した。それらの多くに科学理論を持つコーチとして関わった

▼福岡県・糸島半島の芥屋村(現在は糸島市)出身の岡部平太。米国留学後の東京高等師範学校(現筑波大)講師時代に、講道館創設者で東京高師校長を長く務めた師・嘉納治五郎と決別した逸話でも知られる。約100年前のことだ

▼のちの嘉納に「あいつがいてくれたら」と言わせる場面から始まる小説が出版された。「Peace Hill(上) 天狗と呼ばれた男 岡部平太物語」(橘京平著、幻冬舎)

▼西鉄ライオンズの本拠地球場名にもあった「平和台」の名付け親として知られるに至った岡部の、反骨性ゆえに表舞台では語られることは少なかった生涯。本紙ふくおか都市圏版で先日、第1部が連載された男の、「どげんかなる、どげんかする!」と自分を奮い立たせて実際にどげんかしてきた波瀾(はらん)万丈の物語

▼「日本のマラソンの父」金栗四三ら、近代スポーツの幕開けに参加し格闘した人々との交差も織り交ぜつつ、会話主体のテンポの良さでぐいぐい引き込み読ませる。方言の力も感じる。

※小説「Peace Hill 天狗と呼ばれた男 岡部平太物語(上)」(著者・橘京平、幻冬舎刊、1,200円)が好評発売中

=2019/01/20付 西日本新聞朝刊=

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