「地域的伝統」の視点必要 中園成生氏

西日本新聞

平戸市生月町博物館・島の館学芸員中園成生氏 拡大

平戸市生月町博物館・島の館学芸員中園成生氏

◆日本人と鯨

 昨年12月、日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)に脱退を通告した。今年7月以降、日本の排他的経済水域内で商業捕鯨の再開が予定されているが、その是非について考えるためにも、日本人にとって鯨とは何なのかを検証してみたい。

 日本列島で鯨の利用や捕獲が始まったのは縄文時代、遠隔地に肉や油を提供するための捕鯨(捕鯨業)が興るのは戦国時代だが、外国との貿易が制限された江戸時代の日本社会を資源面で支えたのは、鯨をはじめ周囲の海から得られる豊かな海産物だった。日本人は神に豊漁を祈願する一方で、捕獲した生き物の供養もおこなった。こんにち反捕鯨の根拠となっている動物愛護の精神は欧米起源だが、その欧米では20世紀初頭まで収奪的な鯨の捕獲がおこなわれてきた。乱獲から保護へと極端な振れ方をする欧米人は人と生き物の関係を分離して捉えている印象がある。

 日本人の人と生き物の関係は本来持続的なもので、昔話などからも同じ世界の存在という意識が感じられるが、それは列島で長年営まれてきた自然に包括された暮らしに根差したものである。捕鯨問題の背景に自然観の違いがあるのなら、安易な迎合や拒絶が良い選択とは思えない。

 だが現代の日本人が全て伝統的な鯨との関係を保持しているわけでもない。鯨の利用は古来、鯨が沿岸に来遊する地域において始まり、捕鯨業が発展した江戸時代に広がりを見せる。とはいえ当時の捕鯨地はおおむね関東・北陸以西で、鯨食の普及も西日本が中心だった。明治末期以降、近代捕鯨業の漁法であるノルウェー式砲殺法が導入されると東北、北海道が主要漁場となり、戦後には南氷洋(南極海)などで捕獲された鯨肉が国内に大量に供給される。その過程で鯨の大和煮や竜田揚げなどが広く食べられるようになるが、その後、他の肉類の普及や鯨の減少に対応した捕獲制限などによって鯨肉消費は減少していく。

 こんにち鯨肉食の嗜好(しこう)地域は、古式捕鯨業時代の消費地である西日本、特に(旧も含め)捕鯨地や流通拠点の周辺などに限定されてきている。捕鯨業の今後は、日本という国家の規模ではなく、先住民捕鯨の認識に近い地域的伝統という捉え方の中で考えていく必要があるのかもしれない。

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 中園 成生(なかぞの・しげお)平戸市生月町博物館・島の館学芸員 1963年生まれ、福岡市出身。熊本大文学部卒(民俗学専攻)。佐賀県、同県呼子町(現唐津市)職員を経て現職。著書に「鯨取り絵物語」(共著)がある。

=2019/01/20付 西日本新聞朝刊=

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