松橋事件 再審無罪へ(下) 逮捕34年、人生壊され

西日本新聞

 車いすに座る宮田浩喜(85)の頬はこけ、目線はうつろだった。次男の元カメラマン賢浩(まさひろ)(60)=東京=は一眼レフを構え、初めて父の写真を撮った。「老けたなぁ」

 昨年10月末、2人は熊本市内の介護施設で15年ぶりに再会した。松橋(まつばせ)事件弁護団を率いる斉藤誠(73)=同=は感慨深く見守った。

 宮田は家族との縁が薄かった。1985年に熊本県松橋町(現宇城市)で男性を刺殺したとして逮捕された時には離婚していた。反りが合わなかった賢浩は県外に飛び出し、県内にいた長男一家とも疎遠だった。

 「無実の罪を晴らしたい」。宮田は93年に岡山刑務所(岡山市)で面会した斉藤に助けを求めた。再審請求までに19年を要し、宮田は認知症を患い、事件の記憶を失いつつあった。2012年、熊本地裁へ再審請求したのは成年後見人の弁護士だった。

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 刑事訴訟法は、有罪判決を受けた人が死亡した場合、再審請求できるのは「検察官、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹」と定める。

 高齢の宮田に万が一のことがあっても、弁護士は再審請求を引き継ぐことができない。弁護団の依頼を受け、長男が15年に請求に加わった。

 地裁は16年に再審開始を決定し、検察は不服として即時抗告。福岡高裁で抗告審が続く17年9月、長男はアパートで独り病死した。61歳だった。事件のことで、妻子に迷惑は掛けられないと離婚していた。

 昨年10月に最高裁で再審が確定した時には、請求から6年半がたっていた。斉藤は「有力な新証拠がないのに2度も抗告したのは、宮田さんの死を待つ時間稼ぎ。検察の抗告権は制限が必要だ」と話す。

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 賢浩は、父と再会した足で兄の墓前に参った。父との心の距離を近づけたのは、兄の遺品にあった松橋事件に関する裁判資料だった。

 兄は「弁護士が無実を信じて手弁当でやってる。身内が何もしないわけにはいかない」と話していた。資料を開き、父の半生や苦悩を知った。「おやじも冤罪(えんざい)に人生を壊された。無罪判決、俺が見るよ」。墓前で語りかけた。

 斉藤が宮田に初めて会ってから30年超。間もなく無罪判決を聞ける安堵(あんど)とともに苦さも残る。

 「宮田さんの再審請求は時間との闘いでもあった。周囲の偏見を恐れ、請求に踏み切れない家族もいる。本人が亡くなっても弁護人が引き継げる制度に変える必要がある。松橋事件の教訓の一つだ」

=敬称略

連載(上)「『メモの謎』扉開く」

=2019/01/23付 西日本新聞朝刊=

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