松橋事件 再審無罪へ(中) 誰が父を殺したのか

西日本新聞

 「松橋(まつばせ)事件 無罪へ」。昨年末から、度々報道され、最近は新聞を手にするのがつらい。「あの人じゃないなら、誰が父を殺したの」。熊本県内に暮らす被害者の長女(67)は今月上旬、事件現場近くの父の墓前でうつむいた。

 被害者遺族 置き去りに

 1985年1月8日、熊本県松橋町(現宇城市)の町営団地で、1人暮らしをしていた父が刺殺体で見つかった。59歳だった。県警からの電話を受け、結婚して移り住んでいた県央から駆け付けた。

 遺体は見せてもらえなかったが、実況見分に立ち会った。部屋の中は大量の血痕でどす黒く染まっていた。程なく、父の将棋仲間だった宮田浩喜(85)が逮捕され、90年に最高裁で懲役13年が確定したと聞いた。「終わった」と思った。

 2012年に新聞を見て驚いた。出所後、宮田が無罪を主張して再審請求をしたという。「いまさら…」。胸騒ぎがしたが「大丈夫。警察と検察が頑張ってくれる」と信じた。だが、16年に熊本地裁、17年に福岡高裁、昨年10月に最高裁が再審開始を決定。「大変ねえ」。親戚から心配の電話がかかるようになった。

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 再審請求審では殺人罪を支える物証が一切ない自白偏重捜査が批判された。「シャツの左袖を切り取って小刀の柄に巻き、犯行後に燃やした」と自白していた袖が、検察が保管していた証拠品から見つかった。凶器とされた小刀は、傷口と一致しないことも判明した。「どうして」。当時の捜査員らに問いたかった。

 捜査を担当した県警OB(76)は昨年6月、宮田の犯人性を示す意見を記した「上申書」を最高裁に送った。自ら聞いた自白は再審請求審を通じ信用性が否定されたが、「犯人でないとあそこまで詳細に話せない」と今も思う。一方で、「隠していた」と批判された左袖については「詳細は記憶にない」と歯切れが悪い。

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 長女は複雑な思いを抱えている。再審請求審について何も知らされなかったことだ。検察庁は99年、公判期日や裁判結果を被害者に知らせる「被害者通知制度」を始めた。再審請求審には適用されず、盲点になっている。

 昨年末に突然、県警から「再審が始まる。聞きたいことは何でも聞いてください」と電話があった。「特にありません」と答えた。「真犯人が分かるわけでもないから」

 再審は来月8日に熊本地裁で始まる。「無罪判決を聞くのが怖い。この30年、信じていたものがすべて崩れてしまう」と吐露するが、心の整理がつかない気持ちは終わりにしたい。勇気を出して、初めて法廷に足を運び、見届けるつもりだ。「当時の捜査は何だったのか、それだけでも知りたい」

=敬称略

連載(下)「逮捕34年、人生壊され」

=2019/01/22付 西日本新聞朝刊=

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