1年前、福岡県飯塚市で暮らしていた伯母を孤独死させてしまった

西日本新聞

 1年前、福岡県飯塚市で暮らしていた伯母を孤独死させてしまった。室内で倒れていたのを近所の人に見つけてもらい、病院に駆け付けた私の母が、心臓ペースメーカーを止めるのに同意した。

 1925(大正14)年生まれの92歳だった。終戦時は20歳。男たちは出征し、教員不足で10代から代用教員をしていたという。7姉妹の三女。母をはじめ妹たちを嫁がせ、自分は結婚せず、寝たきりの祖母を在宅介護してみとり、約50年間ずっと1人だった。

 そんな伯母に人生で一番うれしかった日は?と聞いたことがある。迷うことなく「戦争が終わった日」と答えた。2011年の東日本大震災直後、伯母の家で一緒にテレビを見ていた時だった。

 「日本は(復興の)金が足りるやろうか。こんな時、また戦争しようと言い出す者が出てくるのが怖い。あんた頼むバイ」。戦争がなかった平成の終わり。伯母の言葉をかみしめる。 (大塚壮)

=2019/01/26付 西日本新聞朝刊=

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