「北斗の覇王」格闘家・西良典氏の今 子どもたちに指導30年、伝え続けたこと

西日本新聞

門下生の子どもを指導する西良典さん 拡大

門下生の子どもを指導する西良典さん

ロブ・カーマン選手(右側)と対戦する西さん。試合には敗れたが、挑戦は評価された

 打撃や投げ技などあらゆる攻撃が認められる空道(くうどう)の全国大会「北斗旗」の無差別級を1983年、84年に連覇、「北斗の覇王」の異名を取った格闘家、西良典さん(63)=新上五島町出身=が長崎市で子どもたちに総合格闘技を教えている。伝えたいのは努力の大切さ。どんなに強い相手でも、鍛錬を積んで正面から挑んだ。そこで得た自信が生きる糧になっている。

 「脇を締めないと強い突きは打てないよ」。同市虹が丘町の総合格闘技団体「和術慧舟會(わじゅつけいしゅうかい)」の道場で、子どもたちに教える。頻繁に試合に出ていた88年から始め、30年間になる。基本の動作、自主性を重視する。門下生は約150人。昼間は併設する「西整骨院」で施術している。

 かつて世界の強豪と戦った。覇王の名をさらにとどろかせたのが、90年のキックボクシング世界王者ロブ・カーマン選手(オランダ)との対戦。あまりの強さに選手たちが尻込みする中、「日本人の強さを見せたい」と名乗り出た。3カ月に及ぶ減量や肉体改造。「やれるだけのことはやりきった」と臨んだが、1ラウンドKO負け。だがその勇気をファンがたたえた。

 94年には、無敗神話で知られる柔術家ヒクソン・グレイシー選手(ブラジル)に日本人として初めて挑んだ。寝技勝負になり反則技の肘打ちを食らう。試合中に指摘すると小声で「アイムソーリー」。おおらかな性格に感心したと同時に「闘争心がそがれ、負けてしまった」と笑う。

 95年の初代タイガーマスク、佐山聡選手との対戦には多くの国民が熱狂。相手の巧みな蹴りをかわしながら、投げ技、寝技を繰り出すも逃げられる。手に汗握る接戦。一瞬の隙を突いた飛び付き腕ひしぎ十字固めが鮮やかに決まり、勝利を収めた。

 格闘技は中学の柔道部で始めた。強くなりたい。動機は単純だった。高校になって才能が現れ、憧れの柔道家故木村政彦さんが指導する拓殖大の柔道部に進む。さらなる高みを目指し、総合格闘技の世界に入った。

 試合から遠ざかった今では、子どもたちの成長を見守るのが楽しみ。門下生には不登校の子どももいたが、格闘技を通じて自信をつけると生き生きとし、復学がかなった。

 努力がすぐには実を結ばないこともある。そのことは自分自身、強敵との戦いで嫌というほど思い知った。門下生にもプロの格闘家を目指す子どもがいるが、実際にスポットライトを浴びるのはほんの一握り。それでも、流した汗は裏切らない。

 「たとえ目標に届かなかったとしても、積み上げた努力は違う形で花開く」。子どもたちに説き続ける。

=2019/01/28付 西日本新聞朝刊=

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