フォーク編<408>永井龍雲(11)

西日本新聞

孤高のシンガー・ソングライター、森田童子 拡大

孤高のシンガー・ソングライター、森田童子

 永井龍雲は自らを「アルバム・アーティスト」と言う。アルバムはシングル盤に対比する言葉で、10曲前後のオリジナル曲で、一つの世界を表現する。

 龍雲は1978年に「龍雲ファースト」をリリースした。2017年に発売した40周年記念アルバム「オイビト」はベスト盤を除いて25枚目のアルバムになる。40年間に25枚。平均すれば2年以内に着実に1枚ずつ、送り出していることになる。5年近く暮らした福岡時代を見ても4枚のアルバムを仕上げている。永井はアルバムについて次のように語る。

 「アルバムは作家で言えば、私小説集みたいなものです」

 龍雲は作家、太宰治の作品の影響を受けているが、ミュージシャンとしては、昨年、死去した森田童子の名前を挙げた。森田はマスメディアに対し、実生活を明らかにしないカリスマ的な孤高のシンガー・ソングライターだった。メジャーになることを拒否したミュージシャンでもあった。

 森田は1975年に友人の若い死をモチーフした「さよならぼくのともだち」でデビューした。龍雲はデビュー前、森田の久留米などのツアーに前座して出演している。森田も太宰の作品に傾倒していた。

   ×    ×

 龍雲も森田と同じく「孤高のミュージシャン」と呼ばれる。孤高とはマスメディアへの露出度で計るのではなく、地道に確実に自分の世界、思想を歌い、問い続けることを意味している。アルバムを出し続けていることは「孤高」との形容に恥じない、ふさわしい作業とも言える。

 「私のアルバムは時代時代の自分や世界の出来事を、私小説みたいに表現しています」

 龍雲はこのようにアルバム=私小説論を語る。私小説だからこそ、同じ時代に生きる人々は身近に感じ、ファンそれぞれの私小説にスライドされていく。これがファンに根強く支持されている理由である。

 龍雲は「老後の楽しみがある」と笑う。どのような楽しみか。

 「いつか歌えなくなったら、アルバム一つ一つを最初から順番にゆっくり、聴き直したいと思っています。人生をどのように歩いてきたかを思い出すことができるから」

 龍雲にとってアルバムは歌による自分史、自叙伝でもある。ただ、その楽しみはまだ先のようだ。すでに次のアルバム作りが待っている。

 =敬称略

 (田代俊一郎)

=2019/01/28付 西日本新聞夕刊=

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