「地震前の楼門に」匠集結 阿蘇神社4年かけ修復挑む 「平成の技」取り入れ

西日本新聞

楼門修復に向け、宮大工とも話し合いながら、修繕された部材の垂木を検査する大川畑博文さん(左)。真新しい木の部分が修繕箇所=1月30日、熊本県阿蘇市 拡大

楼門修復に向け、宮大工とも話し合いながら、修繕された部材の垂木を検査する大川畑博文さん(左)。真新しい木の部分が修繕箇所=1月30日、熊本県阿蘇市

地震直後の阿蘇神社。手前の楼門は、4月から修復が始まる。奥の拝殿は復旧の見通しが立っていない=2016年4月16日 倒壊前の阿蘇神社楼門。屋根が2層になった山門式で、参道の中央にある(2009年撮影)

 熊本地震で被災した阿蘇神社(熊本県阿蘇市)は、国指定重要文化財6棟のうち神殿など5棟の修復をほぼ終え、4月から神社のシンボル、楼門の修復に乗り出す。江戸末期に造営されて以来、約170年ぶりの大工事には専門家や宮大工、建築業者がチームを組み、4年がかりの難プロジェクトに挑む。地震から間もなく2年10カ月。地震前の姿を取り戻そうと、熊本城をはじめ、各地で復興のつち音が響く。楼門修復の本格着工を控え、境内の一角では職人たちの地道な作業が進んでいる。

 作業チームを統括する文化財建造物保存技術協会(東京)の大川畑博文さん(49)によると、楼門は「上からちぎれ、押しつぶされるように倒壊した」。そこから約1万点もの部材を回収して番号を振り、修復して再利用するため、部材がどこに使われていたかを正確に特定する作業を続けてきた。「壮大なパズルを解くようだった」という。

 現在は屋根を支える垂木の修復、完了検査が進む。江戸時代の職人が墨で番号を記した杉材の損傷箇所は「平成二十九年度修補」などと記した真新しい材木で修繕した。出雲大社(島根県)の修復も手掛けた福井県の宮大工らが作業に当たっている。

 チームが最も頭を痛めているのは、2層の重い屋根を支える計22本の柱(直径40~50センチ、杉やケヤキ材)の修復方法。なるべくもともと使われていた材木を活用したいが、柱は接合部分を中心に激しく破断していた。柱の中心に新素材を挿入する技法を含め、複数案を検討中だ。

 2017年1月から部材の検証に取り組んできたが、感心するのは「当時の匠(たくみ)の技」と大川畑さんは言う。「接ぎ目の角度や二重構造で強度を巧みに保ち、柱も上部に向かうほど少し細くなっていて、見上げる景観にも配慮されていた」

 文化財修復では1995年の阪神大震災以降、耐震・免震補強も考慮されるようになった。建築工学に基づく「平成の匠の技」も求められている。

 かつて名古屋城(名古屋市)の櫓(やぐら)修復も手掛けた大川畑さんは「新旧の知恵を結集し、50年、100年後に残る修復へ、今の仕事が問われている」。阿蘇神社の文化財担当権禰宜(ごんねぎ)、池浦秀隆さん(47)は「そこにどんな文化や歴史が宿り、匠たちの苦心や積み重ねがあるのか。単なる復旧ではなく、楼門と対話しながら、神社やふるさとの意味を考え直す機会にしたい」と話している。

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【ワードBOX】阿蘇神社の楼門

 筥崎宮(福岡市)や鹿島神宮(茨城県)と並ぶ日本三大楼門の一つとされる。1850年に造営され、2007年に国の重要文化財に指定された。高さ18メートルで屋根が2層になっている。造営当時の記録でも、楼門築造は最難関工事で、重い屋根を支える巨木や資金調達に苦心し、棟上げまでに6年を要した。

=2019/02/11付 西日本新聞朝刊=

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