自衛官募集の首相発言波紋 「自治体6割非協力」「憲法明記で変わる」 改憲への「論法」疑問の声

西日本新聞

 「自治体の6割以上が自衛官募集への協力を拒否している」という安倍晋三首相の発言が波紋を広げている。憲法9条に自衛隊の存在を明記すべきだとの持論を展開する中で飛び出した発言だが、実際には大半の市町村が自衛隊による住民基本台帳の閲覧を認め、自衛官募集を広報誌に載せるなど「協力」している。野党は「改憲したいがための印象操作だ」と批判。与党内からも首相の「独自論法」に疑問の声が上がる。

 首相は10日の自民党大会で「新規隊員募集に都道府県の6割以上が協力を拒否しているという悲しい実態がある。この状況を変えようではないか。憲法に自衛隊を明記して違憲論争に終止符を打とう」と述べた。「都道府県」の部分は12日に「正しくは都道府県と市町村」と言い直した。

 自衛隊法は自衛官募集に関し、自治体が「事務の一部を行う」と規定する。これを根拠に、防衛省は入隊適齢期の18歳など住民の個人情報を紙や電子媒体で提出するよう市町村に要請。義務ではないことに加え、個人情報保護の観点もあり、2017年度の名簿提出は市町村の36%にとどまっている。

 首相発言の「6割以上が協力を拒否」とは、これに応じていない市町村を指す。ただ、名簿を提供していなくても、適齢者をピックアップするための住基台帳の閲覧や書き写しを認めている市町村は53%に上る。庁舎への自衛官募集ポスター掲示などの協力も一般的で、防衛省によると、一切協力をしていないのは5市町村だけという。

 首相は13日の衆院予算委員会で、住基台帳の閲覧容認は「協力」ではないとし「6割以上の自治体で協力を得られていないのが真実だ」と強調。改憲との関連は「自衛隊を憲法に明記することで(非協力の)空気は大きく変わっていく」と力説した。

 この「論法」には与党からも疑問が相次ぐ。自民党の石破茂元幹事長は10日、「『自衛隊が違憲なので協力しない』と言っている自治体を私は知らない」と言及。公明党の北側一雄憲法調査会長は14日、「自衛隊員募集と9条改正は直ちにつながらないのではないか」と語った。

 首都大学東京の木村草太教授(憲法学)は「憲法に自衛隊を明記しても、自衛官募集で個人情報の保護が必要なことに変わりはない。情報提供を受けたいなら、利用目的の限定など適切な管理体制の整備が必要だ」としている。

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自治体「閲覧」で協力 改憲でも「対応同じ」

 安倍晋三首相は自衛官の募集に関し「市町村の6割ほどが協力をいただけていない」と発言したが、自衛隊施設がある九州の市町村を中心に西日本新聞が尋ねたところ「法に基づき協力している」との声が相次いだ。首相が指摘する「協力」は、住民基本台帳名簿を紙や電子媒体で提供している約4割の市町村を指しているとみられる。市町村側は台帳の閲覧も協力に含むと受け止めており、認識にずれが生じている。首相は憲法に自衛隊を明記することで協力が進むことを期待しているが、現場からは「対応は変わらない」との声が目立った。

 昨年5月、数人の自衛官が北九州市役所を訪れ、住民基本台帳を閲覧しながら、必要な名簿を書き写した。同市は18歳や22歳など適齢者の名簿は作成しておらず、自衛官の作業は7日間に及んだという。

 住民基本台帳法11条は、国は法令で定める事務遂行などのため、閲覧の請求が「できる」と規定している。総務省は2007年に自衛官募集への協力も該当すると全国の自治体に通知した。同市担当者は「法と通知に基づき、閲覧という形で対応している」と語る。

 福岡市も閲覧で対応。紙や電子媒体を提供しないのは「個人情報保護条例に抵触するため」との見解だ。適齢者名簿を作っているが、閲覧にとどめている福岡県久留米市は「総務省の通知に従っている」、同様に大分県別府市は「この件に限らずコピーで渡していない」、宮崎県新富町も「提供は義務ではない」との認識をそれぞれ示した。

 一方、熊本市や長崎県佐世保市は自衛隊法施行令120条の「(防衛大臣は)必要な報告または資料の提出を求めることができる」という規定などを根拠に、適齢者の名簿を紙に印字して提供している。

 個人情報保護との関係について、熊本市は「目的外使用の禁止や使用後の廃棄など8項目の順守事項を定めている」として問題ないと主張。佐世保市も「第三者機関の個人情報保護審議会で『妥当』の答申を受けた」としている。

 憲法9条に自衛隊が明記された場合、台帳の閲覧から紙や電子媒体での提供に切り替えるのかについては、「現行も合憲違憲を基準に対応しているわけではない」(北九州市)、「今の状況で十分対応できている」(別府市)など方針を変えるつもりはないとの回答が目立った。

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自衛隊への便宜、自治体で議論を

 NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長の話 自衛隊法と施行令により、防衛省が市町村に4情報(氏名、生年月日、性別、住所)を求める根拠はあるが、自治体がどんな情報を提供しなければならないかについては明文化された規定がない。このため自治体がそれぞれに判断し、対応に差が出ている。

 住民基本台帳は2006年の法改正で民間の閲覧ができなくなり、今は原則公的機関のみだ。ただ、公的機関でも写しの交付など提供に便宜が図られているのは自衛隊だけ。自治体職員や警察、消防の採用活動に写しが使われているとは聞かない。国家公務員の45%が自衛官という人数の多さが関係していると思う。

 この問題が取り上げられたことをきっかけに、自衛隊への便宜供与が必要かどうかも含めて、自治体ごとに開かれた議論をすることが大切だ。

=2019/02/15付 西日本新聞朝刊=