【小児がん 母と娘の闘病日記】(5)娘から 弟に申し訳なかったな

 9歳で「急性リンパ性白血病」を発病してから10年、入院当時のことは忘れつつあります。つらいことも多かったので、いいことなのかもしれません。

 診断2日後から、両親が日記を書いてくれていました。きちんとまとめられていて読みやすいのは母、大きな字がびっしり並んで面白いことやイラストも多いのが父と、性格の違いがはっきり。ときどき見返して笑いながら「こんなこともあったな」と懐かしくなります。もちろん、当時は分からなかった両親の心の揺れも伝わります。

 入院2日目の夕方、母の日記に「優馬(弟)とおじいちゃん、おばあちゃんが来た」とあります。私は「きつい」と言って泣きだしたようです。

 3人は毎週末、お見舞いに来てくれました。2歳下の弟と一緒に食事したり、プレイルームで遊んだり。絵が得意な弟は私が好きだった漫画「あさりちゃん」を描いてきてくれたこともありました。仲良く手をつないで廊下を歩く姿を見た看護師さんから「とても癒やされる」と言われていたそうです。弟たちが運んでくれる新鮮な外の空気で、気分転換できました。

 私の病気が分かった後、祖母が母と泣き崩れたことも、弟が祖母につらく当たったことも知りませんでした。誰も私の前でそんなそぶりを見せなかったし、私は治療で精いっぱいだったのです。

 後で聞いた時、弟から母を取り上げてしまったことを申し訳なかったなと思いました。小児がんの患児のきょうだいは、ほぼみんな放っておかれます。その寂しさに目を向けたい。そして、伝えていきたい。

 今、弟とは好きなバンドの曲を一緒に聴き、面白い動画を見ては大爆笑しています。もうちょっと体力があったら、一緒にライブにも行きたいな。

(山本芙優=北九州市立大2年)

=2019/02/18付 西日本新聞朝刊=

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