記憶消えても今を堂々と 若年性認知症の発症公表した男性 病と向き合い体験講演も

西日本新聞

 全てが暗転したのは2009年師走のことである。

 その日、松浦市鷹島町の市職員、金井田正秋さんは自家用車で大村市を訪れていた。片側3車線の大通り。信号が青に変わり、アクセルを踏んだ金井田さんは、無意識のうちに反対車線に侵入し逆走を始めたという。目前に迫る次の交差点で対向車がずらりと信号待ちしているのが目に入り、われに返った。とっさに脇道へそれ大事には至らなかったものの、体の異変を確信。背筋が寒くなった。

 予兆はあった。当時54歳。松浦市役所鷹島支所に勤務していた中で、数年前から前日の仕事内容を忘れたり、人の名前を思い出せなくなったりすることがたびたび起きていた。「逆走」の2日後に脳神経外科を受診。「若年性アルツハイマー型認知症」と診断された。

 65歳未満で発症する若年性認知症。厚生労働省の09年調査によると、全国に約3万8千人いると推計される。平均の発症年齢は51・3歳。40~50代の男性に多いといわれる。県内には推計300~400人いるとみられている。

 高齢者の認知症と違い、働き盛りの年代。患者本人や家族が被る経済的、精神的なダメージの大きさははかりしれない。

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 金井田さんには3人の子どもがいる。当時2人の息子さんは自立していたが、末の娘さんはまだ高2。住宅ローンも残っていた。

 すぐに職場の上司に報告した。現金を扱う税務関係の仕事を担当していただけに、病状を包み隠さず伝えなければと考えたからだ。

 「退職」の2文字が頭をよぎったという。しかし医師からは、一筋縄ではいかない税金徴収業務などは、脳を刺激し病気の進行を遅らせることにもつながるから「ぜひとも同じ仕事を続けた方がよい」との助言を受けた。相談をした、認知症患者や家族を支える団体関係者からも一様に「やめたら病気が悪化する。やめちゃだめ」と励まされた。

 「定年まで6年。いけるとこまでがんばろう」

 市は金井田さんの思いを受け止めた。金井田さん自身は、業務にかかわることを克明にメモに残すことで仕事に支障が出ないよう心掛けた。職場の理解と仲間の協力も得て、診断後も約3年、同じ職場で働き続けることができた。

 休職を経て定年まで1年を残し59歳で退職したが、各種の補償制度を利用することで、大きな経済的打撃を被ることはなかった。退職金で住宅ローンも完済。妻、実父との今の3人暮らしは、年金で十分まかなっていけているという。

 周囲の勧めで、15年夏からは県内外で自身の体験を講演で語っている。患者や家族との交流会にも積極的に参加している。

 今月中旬、鷹島町で金井田さんに会った。先月64歳になったばかり。10年前に若年性認知症と診断された際は、6年で自力生活できなくなる恐れもあると医師に告げられたが、今もしっかりとした立ち居振る舞い。とても認知症を患っているふうには思えなかった。

 「私は行動することで、今のところ症状が落ち着いとります。もしそうしていなければ、寝たきりになるか、もう墓場に行っとるでしょう」。豪快に笑った。

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 「ご近所に対しても言える人と言えない人がいる。オープンにすれば本人も家族も気持ちが楽になるのだけれど」。「認知症の人と家族の会」長崎県支部代表の神原千代子さん(71)=大村市=はこう語る。

 若年性認知症を患った現役世代の男性が、プライドもあって外に出なくなり病状を悪化させたり、外部への相談をためらう家族が孤立化したりして苦しむ様子を幾度も見てきた。神原さん自身、若年性認知症だった亡き夫の介護で、苦労した経験がある。

 それだけに、病気を公表し行動する金井田さんは「病気に向き合う姿勢が、とてもきちんとおできになっている」と思う。

 金井田さんも、講演や患者らとの交流では行動することを呼び掛け、「私のように元気なままでいる人がたくさんおらすとですよ。認知症になっても、道はつながります」と訴える。

 患者や家族が病気を隠したいと思う背景には、若年性認知症に対する社会の理解が、まだ広まっていないことも一因としてあろう。

 理解拡大の鍵を握るのは行政の取り組みだ。

 しかし、県の取り組みは遅れている。国が、若年性認知症対策の強化を打ち出したのは15年だが、県が本腰を入れたのは18年度になってから。11年度の段階で、県を含む関係機関によるネットワーク会議を立ち上げるなど先駆的な取り組みで知られる熊本県などとの差は歴然としている。

 金井田さんには6人のお孫さんがいる。息子さんたちがスマートフォンに頻繁に写真を送ってくれるから顔はしっかり覚えている。名前をすぐに忘れるが、スマホにメモしているから、そのつど確認すればいい。

 全てを忘れてしまう日が来るかもしれない。金井田さんは、別れ際に言った。

 「私の記憶はどんどん消えていく。そがんでも、一度きりの人生だから、今ば堂々と生きていく」

県の若年性認知症対策

 2018年4月、県認知症サポートセンターを開設。国の対策に基づき同6月に医療、介護、雇用などの関係機関と連携しながら患者や家族を支援する若年性認知症支援コーディネーターを配置した。同11月、県内での発症者数や年齢層などを調べる実態調査に着手。早期のとりまとめを目指している。関係機関で組織する若年性認知症支援ネットワークも昨年11月に立ち上げた。

=2019/02/25付 西日本新聞朝刊=

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