文化財再生、自らの使命 陸前高田市の学芸員・熊谷さん 津波で亡くした同僚の思い胸に

西日本新聞

 2011年3月11日、黒い津波が街を襲った。岩手県陸前高田市の学芸員、熊谷賢(まさる)さん(52)は、同僚らが避難した建物が津波にのみ込まれる様子を、道路1本隔てた市役所の屋上から見つめるしかなかった。市の学芸員4人のうち、3人が亡くなった。あれから8年。海水と泥に漬かった約46万点もの文化財を再生させるというプロジェクトに挑んでいる。ただ一人、生をつないだ、自らに託された使命だと感じて。

 陸前高田市出身の熊谷さんは、高校生の時から市立博物館で土器の修復などの手伝いを始め、足しげく通った。大学卒業後は民間企業に就職したが、6年後に同市に転職。学芸員として順調にキャリアを重ねる中、震災に遭った。

 激しい揺れを受け、勤務先の「海と貝のミュージアム」から事前に決められていた避難先の市役所に向かった。他の学芸員らは向かい側の建物だった。それが生死を分けた。

 家族は無事だったが、自宅は津波に流され、勤め先はがれきに埋まった。亡くなった同僚の分も頑張らねばと「絶望するより再建への闘志を沸き立たせた」という。被災の約20日後には、文化財の捜索と救出を始めていた。

 「人間を先に捜せ」という声にも、自身の役目を思い、歯を食いしばった。「文化財は地域の歴史そのもの。津波くらいで失いたくない」。約3カ月で文化財全体の約8割を見つけ出した。

 古文書、標本、絵画、革製品…。洗浄、脱塩、殺菌など手探りで修復を進め、約20万点の処理を終えた。昆虫や植物の標本の再生には北九州市八幡東区の「いのちのたび博物館」が協力。全国約50の博物館や研究機関が力を合わせる。

 熊谷さんらの取り組みを広く知ってもらおうと、福岡県芦屋町の町歴史民俗資料館は再生された文化財約140点を展示。同県内で初めて企画された。

 一方で、洗うことも難しい水彩画など残り約6割は今なお手つかずのまま冷凍庫で眠る。国が定める震災の「復興・創生期間」は2020年度まで。支援の縮小も懸念される。市街地の再建は進み、新しい博物館は21年度に完成予定だが、見慣れた景色は消え、市民が自分のルーツを感じる場所は減ったと感じる。

 「文化財の再生は街のアイデンティティーを復元する営み。文化財の残らない復興は本当の復興ではない」。胸には常に、この言葉がある。

=2019/03/09付 西日本新聞朝刊=

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