「父子嶋」が国史跡に 大野城市、保存整備の方針 古代水城の関連地 伝説とともに後世へ

西日本新聞 ふくおか都市圏版

特別史跡「水城跡」に追加指定された父子嶋。現地には案内看板が立っている 拡大

特別史跡「水城跡」に追加指定された父子嶋。現地には案内看板が立っている

大野城市教委ふるさと文化財課が作成した「水城」外濠(右上の三角形状)の想定図。西門に向かって幅が狭くなっており、父子嶋は補完的役割を果たしたと推定している

 大野城市下大利地区にある小高い丘陵「父子嶋(ててこじま)」が、国特別史跡「水城跡」に追加指定された。水城は朝鮮半島・白村江での戦い(663年)で日本軍が敗戦後、同市や太宰府市にまたがって築かれた、濠(ほり)と土塁からなる国内初の国家的防衛施設。父子嶋も敵の侵攻を防ぐ役割の一端を担っていた可能性があり、水城築造に動員された庶民にまつわる伝説の残る舞台。大野城市は「保全整備し、伝説とともに後世に伝えたい」と話している。

 JR水城駅西側に位置する父子嶋の追加指定は2月26日付。広さは約1500平方メートル、高さ約3メートル。もともと私有地だったが、市が本年度買い上げた。

 父子嶋の伝説とは-。水城築造に動員された農民の中に父子がいた。モッコに土を入れ、一日に何度も土塁まで往復する。ある夕暮れ、父と子が土を運びながら土塁近くまで来た時、「土塁ができたぞ」と歓声が上がった。父と子は重労働から解放される喜びもあって、その場に座り込み、担いでいた土を投げ出してしまった。土は饅頭(まんじゅう)のように盛り上がったので、父子嶋と呼ばれるようになった。

 大野城市教委ふるさと文化財課は、県や太宰府市とともに水城跡を整備する方針で、調査を継続している。昨年の発表では、水城東門付近で確認された60メートル幅の外濠遺構が西門近くにかけてすぼまる形になっていることが判明。9万年前の熊本・阿蘇山大噴火時の火砕流堆積物でできた父子嶋に関しても「自然地形を生かして土塁前面部で敵の侵攻を防ぐ補完的役割だったのではないか」と推定した。

 昨年8月には、大野城市民劇団迷子座(まいござ)が父子嶋を題材にした「父子嶋異聞(いぶん)」というオリジナルの劇を上演し、好評を博した。

=2019/03/10付 西日本新聞朝刊=

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