【日日是好日】仏道と舞踊、通底するもの 羅漢寺住職 太田英華

西日本新聞

 朝もやの向こうでウグイスが上手に鳴きました。どこかでキツツキが勢いよく木の幹をついばんでおります。静寂な山の朝に鳥の声だけが響き、静けさが際立つ山には、穏やかな澄んだ空気が流れています。

 羅漢寺の生活はシンプルです。例えば、テレビはありません。皆さんに驚かれますが、生活には必要ないため昨年の庫裏大修理の際にテレビ線を撤去しました。情報源は専ら新聞か、インターネットです。

 携帯電話は持っておりますが、いわゆるガラケイという旧式の物で、これも緊急の場合のみの仕様です。私のこのような生活を知ってか、携帯はめったになりません。たまになると緊急であるため驚きます。

 先日、懐かしい人からの着信がありました。彼女は関西のフラメンコの踊り手で、スペインはセビリアのスタジオで一緒にレッスンを受けていた方です。大先輩でしたが親しくさせていただきました。

 彼女の生徒の一人が東京に転勤になった際には、私の教室を紹介してくれて、その生徒とは出家直前まで一緒に活動しました。出家のため教室をやめることを告げると、「やめないでくれ」と泣いてくれたのを思い出します

 突然の連絡に、セビリアの師匠の具合でも悪くなったのかと驚き、折り返し電話をしました。すると、電話の向こうは楽しげな雰囲気で、関西の踊り手さんとかつての生徒がにぎやかなほろ酔い気分です。どうやら、久々に会って私の話になったようです。

 「懐かしいね。会いたいわ。覚えてる?」という関西の踊り手さんに続いて、かつての生徒の声が聞こえてきました。「先生! 私、46になりました。今も独身。ヘッドハンティングされ関西の会社に来ました。先生に会ったおかげで今の自分があります」。酔った勢いか、泣き声でした。

 とても懐かしい声です。一瞬であの頃に戻りました。私は20~30代、自分を表現する手段にフラメンコを選び、舞踊にまい進しておりました。その後、40歳で出家したのです。

 僧侶になって尋ねられたことがあります。「僧侶とフラメンコの共通点は何ですか。今、踊りたいと思いませんか」と。私は申し上げました。「仏道も舞踊道も道としては全く同じです。私にとってのフラメンコは、人生の通過点です。今は踊りたいとは思いません」

 人生をより良く生きようと決心し出家して11年。自分を見つめる仏道修行で生活も姿もシンプルになり、やっと改めて本来の自分に気づきました。もう踊ることはありませんが、今ならあの頃に表現できなかった踊りができるかもしれないと、ふと思うこともあります。

 「会いに行くから」と電話の向こうで叫んでくれたかつての仲間は、今のシンプルな私を見てきっと驚くでしょう。その反応も楽しみです。今から皆と羅漢寺での再会を楽しみに待ちわびております。

【略歴】1967年、羅漢寺27世住職の娘として生まれる。高校卒業後、大学進学のため上京。20代半ばから40歳で出家するまでフラメンコダンサーとして活動。出家後、愛知県の尼僧専門修行道場で約5年間、僧堂修行し、2013年3月に帰山。現在、羅漢寺28世住職として寺を守る。

=2019/03/10付 西日本新聞朝刊=

大分県の天気予報

PR

大分 アクセスランキング

PR

注目のテーマ