老いても消えない冤罪の傷 「元死刑囚」免田さんの願い

 熊本大文書館に「免田事件」に関する資料を寄贈した免田栄さん(93)は現在、福岡県大牟田市の高齢者施設で静かに暮らすが、70年前に23歳で逮捕され、57歳で無罪となるまでの過酷な体験は今でも生々しい。当時を振り返りつつ、28日に再審無罪が言い渡される松橋(まつばせ)事件にも言及した。

 昨年10月、認知症の症状が現れ、高齢者施設に入所した。毎日やってくる妻の玉枝さん(82)とは会うが、他の入所者とはあまり関わらない。「服役しとった私と話すと相手も面倒でしょうが」

 再審無罪後も「やっぱりおまえが犯人だろう」と中傷され続けた。生まれ故郷にも住めず、世間の目に耐えてきた「元死刑囚」。年老いて忘却が忍び寄っても、消えない記憶がある。

 1949年1月13日、知人の家で横になっていると、突然乗り込んできた警察官に連行された。前年末に起きた襲撃事件で、祈祷(きとう)師一家4人を死傷させ、金を盗んだ疑いを掛けられた。

 取調官は「俺たちは天皇陛下から拝命したのだ」と権威を振りかざし、拳で殴った。寝かせてもらえず、うとうとするとまぶたを引っ張る。心身ともにもうろうとした中で自白を取られた。「屈辱的だった」

 神父に再審制度があると聞き、刑務所から6回請求した。小学校を出ただけで、満足に読み書きできなかったが、無実の罪で死にたくない一心で六法全書を読み、書類を作った。3回目で初めて再審開始決定が出たときは「生きる希望が見えた」。

 毎朝8時半、死刑執行の呼び出しがある。その時間は「針一本落ちても分かる」ほど静まりかえり、扉の向こう側を歩く看守の足音におびえた。15分ほどして「今日はなかった」と分かると息を吐いた。

 運動場の隅で、朝顔や菊の世話をした。のどかな時間に癒やされ、差し入れの雑誌で押し花にした。

 83年、再審無罪に。生還はしたが、夜中に死刑執行の夢を見ては「ぐぁー」と叫び、妻に揺り起こされた。「人が判断する限り冤罪(えんざい)の可能性は残る」と死刑廃止を訴え活動し、再審支援の集会などにも駆け付けた。

 体力が落ち、数年前に表舞台から身を引いた。だが冤罪への関心は薄れていない。85年に熊本県松橋町(現宇城市)で男性が殺害された松橋事件で、再審無罪が出ることには「本当に良かった」。判決を待つ宮田浩喜さん(85)と面識はないが、自白強要の体験や再審開始までの長い苦悩は重なり、「同じようなことが繰り返されている」と憂慮した。

 今後、熊本大文書館に寄贈した資料の活用を願う。「誰かが行動しないと、黙っているままじゃあ、民主主義は寂しかですたい」

=2019/03/13付 西日本新聞朝刊=

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