戦争に奪われた夢、もう一度 93歳の情熱「今が一番歌うのが楽しい」

西日本新聞

森岡謙一さん(左)から発声の指導を受ける井口千枝子さん 拡大

森岡謙一さん(左)から発声の指導を受ける井口千枝子さん

 戦争にかき消された歌への情熱を、心に秘めながら60代から再び燃やし、93歳になった今も歌い続けている人がいる。

 福岡市博多区にある音楽練習室の一室。声楽家森岡謙一さんが講師を務める声楽グループ「フォレスティーナ福岡」のメンバーに、井口千枝子さん(93)=同市南区=はいた。個人レッスンの順番がやってくると、押し車でピアノの横にゆっくりと移動し、椅子の背もたれに手をかけてピンと背筋を伸ばした。

 生演奏に合わせて歌い始めたのは「Vergin,tutto amor(愛に満ちた処女(おとめ)よ)」というイタリア語の曲だ。小さな体からは想像もつかない、豊かな声量と高音。楽譜は覚えているので見ない。

 ピアノが中断され、森岡さんが声の出し方を指導する。「自分のセンターを見つけて、そこから移動しないようにブレス(息継ぎ)して」。真剣な表情でうなずき、再び歌い始めた。

 井口さんは1925(大正14)年、京都に生まれた。幼いころから地元のラジオ番組に出演したり、独唱演奏会に招かれたりするほどの歌声で注目され、18歳で東京音楽学校(現東京芸術大音楽学部)の声楽科に進学、歌手を目指した。

 しかし当時は太平洋戦争のまっただ中。職員や学生の学徒動員などで授業がままならなくなり、混乱の中で井口さんは卒業できないまま京都の実家に戻り、見合い結婚した。夫の勤めの関係で東京から福岡市に移り住み、子ども3人、孫4人、ひ孫8人に恵まれた。

 歌をもう一度学ぼうと思ったのは、義母が他界した60代のとき。「義母が厳しい人だったから、それまでは発声練習や外国語の勉強をこっそりしていたんです」

 「フォレスティーナ福岡」には有料老人ホームから月に3回通い、本格的なレッスンを受ける。「声は昔の方がもう一オクターブ出ていたけれど、今の方が歌は上手。楽譜通りに歌っていた昔と違って、曲の意味を理解して歌えるようになったから」

 その2度目の挑戦も、一度は諦めようとしたことがある。86歳のとき足を骨折し入院、同時期に夫が他界したのだ。しかし、平均年齢が70代のフォレスティーナの仲間が「みんなの目標なんだから」と引き留めた。森岡さんは「あんなに頑張れる人はそういない。みんなの生きる指標ですよ」と称賛する。

 7月の発表会に向けて練習に励むメンバーたち。井口さんは「Vergin~」と、日本歌曲「亡き子に~悲歌(海の幻)」の2曲を披露する予定だ。「今が一番歌うのが楽しい。しっかりご飯を食べて、いつまでも歌い続けたい」

=2019/03/15付 西日本新聞朝刊=