【「寛容」という理念】 宮本 雄二さん

西日本新聞

宮本雄二(みやもと・ゆうじ)さん=宮本アジア研究所代表、元中国大使 拡大

宮本雄二(みやもと・ゆうじ)さん=宮本アジア研究所代表、元中国大使

◆アジア意識し、回帰を

 最近、福岡市で開催された西日本国際財団アジア貢献賞創設20周年記念フォーラムで話をした。講演のテーマは「アジアとは何か-激変する世界における役割」。これは主催者側の提案だったが、私の問題意識とも重なり合っていた。日本においても、また私が長くかかわってきた中国においても、隣国に対する関心が次第に薄れ、「アジア」に属するという意識が希薄になってきているからだ。

 しばらく前までは、中国の指導者たちは世界で活躍している日本の芸術家やスポーツ選手に会うと「あなたはアジアの誇りです」と褒めてくれた。だが、そういう言い方は次第に消えていった。世界で活躍する中国人が増えたこともあるだろうし、中国がアジアを代表しているという意識が強まったからでもあろう。

 フォーラム出席者からアジアの国同士の付き合いには相手に対する敬意と尊重が、何にもまして重要だという発言もあった。大事な指摘である。これからのアジアにおける付き合いのルールは、そういうものであるべきだからだ。

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 日本における「アジア人」意識も次第に薄れてきているのではないだろうか。あたかも欧米の一員になったような気がしているのかもしれない。確かに外交的には日本と欧米の共通利益は大きいし、価値観も共有する。共同戦線を張ることも多い。経済の発展水準や民主主義社会の成熟度も似通っている。そこで日本が欧米の仲間入りをしたように感じるのであろう。しかし、社会の根っこにある文化や伝統は大きく異なる。日本の文化的伝統は著しく日本的なものであり、同時に「アジア的」なものだからだ。

 ギリシャ・ローマに始まり啓蒙(けいもう)主義の時代を経てヨーロッパ、アメリカに引き継がれた地中海文明が、今日の世界文明をつくりあげている。自由主義的な経済がそうであり、民主主義もそうだ。戦後の国際秩序も、基本は同じ考え方でつくられている。

 その行き着いた先が、グローバリゼーションであり、先頭を走ってきた欧米は、その副作用に最も苦しんでいる。「戦争と平和」という人類の根本問題は解決の目途も立っていない。つまり、欧米が主導する世界文明が行き詰まっているということだ。

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 西洋文明がつくりあげた世界文明の限界を補い、さらなる発展に貢献できたとき、アジア文明は初めて西洋文明と肩を並べたと言える。私は中国の友人たちに、そう言ってきた。その鍵の一つは、「寛容」という理念ないし価値が、もっと遍(あまね)く行き渡るようにすることだと思う。「寛容」という言葉は、似たような意味を持つものであれば世界各地にある。ところが、言葉の意味するところは国によって違う。しかも他の理念や価値と比べ、特に重視されているようにはみえない。

 だから、世界中に不寛容が跋扈(ばっこ)しているのだ。この「寛容」を最も重視しているのがインド以東のアジアだ。

 まずアジアの有識者が集い、その具体的な中身を固めたらどうだろうか。つまり「寛容」という理念ないし価値を定義し、それを実現するためには具体的に何を行い、行ってはならないのかを定めるということだ。仏教の戒律集の作成と言っても良い。これが出来上がったら、まずアジアで始めれば良い。アジアの国々が実行に移せば、本当にやれることが証明され、次第に国際的ルールになっていく。

 これから世界の経済的、政治的重点は確実にアジアに移る。アジアがやれば世界が見習う日も遠くはない。そういう意識でもう一度アジアを眺めてみようではないか。アジアからの離脱ではなく、アジアへの回帰の道でもある。

 【略歴】1946年、福岡県太宰府市生まれ。修猷館高-京都大法学部卒。69年に外務省入省。中国課長、アトランタ総領事、ミャンマー大使、沖縄担当大使などを歴任。2006年から10年まで中国大使。著書に「強硬外交を反省する中国」など。

=2019/03/18付 西日本新聞朝刊=