【小児がん 母と娘の闘病日記】(7)娘から 病名聞いて「やっぱり死ぬのかな」

西日本新聞 医療面

 最初の治療で大変だったのは、飲み薬と目薬がとにかくたくさんあったこと、起き上がると頭が痛かったこと。タクシーで眼科に行ったことも覚えていますが、失明の危機にあったなんてみじんも気が付きませんでした。でも当時、私が気付いていたら、不安で眠れなかったかもしれません。

 「急性リンパ性白血病」と告知を受けた瞬間のことも断片的にしか覚えていません。病名についてはこれまで生きてきた中で少しずつ認識し、理解していった感じでしょうか。ただ、主治医が持ってきてくれた絵本と、看護師さんが作ってくれた冊子を見た時の感情ははっきりと覚えています。

 先生が絵本の表紙を開くと、きれいな花嫁さん、自動車を修理している青年、バンダナを着けて元気いっぱいに勉強している女の子、ペットの犬と笑顔で遊んでいる男の子が描かれていました。実は4人とも白血病で、花嫁さんと青年は子どもの頃に発病し、治療を終えているという内容でした。「白血病になってもこんなに元気になれるんだよ」ということが文章を読まなくても伝わりました。

 看護師さんの冊子にはかわいいイラストがたくさん添えられていました。読み進めていくと、最後のページに「白血病に負けないで、いっしょに頑張ろう」と書いてありました。

 私は「安心した」「希望が見えた」とは考えられませんでした。「元の生活に戻るまで長い時間がかかるんだろうな」とだけ思いました。

 一方で「やっぱり死ぬのかな」と思わずにはいられませんでした。発病する前にテレビのドキュメンタリーで偶然見た、自分と同じ白血病で亡くなった子を思い出したからです。

 でもね、「死ぬかも」と思ったのはこの時だけなんだよ、お母さん。その理由はまた今度話すね。

(山本芙優=北九州市立大2年)

=2019/03/11付 西日本新聞朝刊=

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