「なぜ生き残った」問い続け…熊本地震の語り部が大学卒業 学生村知る最後の世代、後輩に託す

西日本新聞

卒業式を終え同級生と談笑する林風笑さん=19日午後、熊本市 拡大

卒業式を終え同級生と談笑する林風笑さん=19日午後、熊本市

在校生や保護者から拍手を送られる東海大農学部の卒業生たち

 2016年の熊本地震で農学部の学生3人が犠牲になった東海大熊本キャンパスの卒業式が19日、熊本市であった。農学部があった熊本県南阿蘇村黒川地区の「学生村」の暮らしを知る最後の世代が巣立った。拠点が熊本市内に移ってからも村民との交流を続け、地震の語り部活動に取り組んだ4年の林風笑(かざえ)さん(22)は、後輩たちに「被災体験がない語り部だからこそ、同じ立場の人たちに響く言葉で語れるはず」と後を託した。

 林さんは本震の16年4月16日、黒川地区の友人のアパートで被災。崩れた建物の2階から逃げ出した。地元の大阪に帰省しても村を忘れられず、母校の中学校での講演会や募金活動で、地震直後や避難所の光景を伝えた。

 「なぜ生き残ったのか」。亡くなった学生の遺族や近しい友人の悲しみに触れる中、自分に問い続けた。あの日、建物の下敷きになり命を落とした学生は、自分だったかもしれない。「地震で亡くなる人を出さないことは、彼の死を無駄にしないこと」。17年6月、学生でつくる「阿蘇の灯(あかり)」のメンバーとして語り部の活動に身を入れた。

 同年代の若者や教職員など、依頼の多くは会員制交流サイト(SNS)を通じて寄せられる。「大変だったんだね」「かわいそう」。黒川地区を一緒に歩いてこの地で起きた現実を話しても、人ごとに捉える反応が多かった。「今ここで大地震が起きたらどうしますか」。一方的に話すのではなく、問い掛け、自分のこととして一緒に考えてもらうように意識を変えた。

 仲間と企画し、学生村の下宿の大家と学生との交流会も重ねた。「大家さんは親代わりの存在。後輩には黒川とずっとつながっていてほしい」。春からは南阿蘇村の赤牛農家に就職する。

       ※

 卒業式には、学生村でアパートの下敷きになり亡くなった大野睦(りく)さん=当時(20)=の両親が出席。大野さんが農学部に在籍していたことを証明する「特別学位記」を受け取った。

=2019/03/20付 西日本新聞朝刊=

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