収容所に27年「チベットの女戦士」語る 「ダライ・ラマ法王を故郷へ」 続く抑圧「世界に幸せを」

西日本新聞

ダライ・ラマ14世の抱擁を受けるアデ・タポンツァンさん(今年2月撮影、アデさん提供) 拡大

ダライ・ラマ14世の抱擁を受けるアデ・タポンツァンさん(今年2月撮影、アデさん提供)

中国での収容所生活について語るアデさん=今月上旬、インド・ダラムサラ

 約60年前、チベットに進駐した中国軍に抵抗する地下組織に関わって逮捕され、27年に及ぶ収容所生活を送った女性がいる。「チベットの女戦士」と呼ばれるアデ・タポンツァンさん(87)。亡命先のインド北部ダラムサラで西日本新聞の取材に応じ「いつかダライ・ラマ法王が(中国チベット自治区にある)ポタラ宮に戻ることができるよう願っている」と語った。

 アデさんは現在の中国四川省カンゼ・チベット族自治州に暮らしていた1950年代後半、「神や仏は存在しない」とチベット寺院を破壊する中国軍に反発。ゲリラ戦で抵抗するチベット人の地下組織に食料や情報を提供し続け、58年に中国当局から逮捕された。

 アデさんが送られた収容所には300人余りの女性がいた。その中からアデさんら若い4人が「ブタの世話係」に選ばれた。当初は「他の強制労働より楽だ」と喜んだが、すぐに看守の性的な相手をさせられると知り、がくぜんとした。

 食事は満足に与えられず、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世をののしる言葉を声に出すよう強制された。拒むと拷問が待っていた。「指先から長い針を刺されたり、後ろ手に縛られて天井からつるされ、唐辛子をくべた火であぶられたりした」。アデさんは「法王に帰依します、と心の中で繰り返して耐えるしかなかった」と振り返る。85年に釈放されたが、生き残ったのはアデさんを含む4人だけだった。

 80年代後半に親族のいるインドへ亡命。「こんなにひどい目に遭って…。本当のことを話してくれてありがとう」。対面したダライ・ラマに声を掛けられ、涙があふれた。その後、アデさんは収容所での体験を世界各地で講演し、本にまとめた。

 今月、中国・北京で開催された全国人民代表大会(全人代)の分科会では、チベット自治区の幹部が「チベットの人々は共産党がもたらした幸福な生活に感謝している」と自賛した。だが、ダライ・ラマの写真を飾るだけで拘束されるなど抑圧政策は続いている。

 「悪いのは一般の中国人ではなく共産党。いつか法王が故郷に戻り、世界中の全ての生き物が幸せになるように日々祈っている」。アデさんは静かに手を合わせた。 (ダラムサラ本紙取材班)

=2019/03/21付 西日本新聞朝刊=

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